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Topics国内 2007年
2007年11月23日
お金が共通言語だ
2007年11月05日
88歳の青春
2007年10月21日
秋晴れの中で
2007年08月22日
久しぶりの五木寛之
2007年08月03日
汗-加齢臭?
2007年06月03日
ちょっといい話
2007年04月06日
万難を排して
2007年01月31日
つい最近読んだ本
2007年01月09日
2007年のスタート
2007年01月02日
2006年至福の時

国内情報(2007年)
お金が共通言語だ
2007年11月23日 

近頃、「偽装」というか、「うそ」というか、社会的に、人間的に、信じられないというか納得できないことが多い。
あの会社が、あのお店が、あの人が、と何を信用し信頼して良いかわからないことが多い。 とても残念に思うとともに一回しかない人生をそんな低いレベルで台無しにしてしまうなんて本当に理解に苦しむ。
本人はまだ良いとしても家族や部下の人達のこれからを思うと胸が痛んでひとごととはとても思えない。
お金では買えない物が世の中にたくさんあることは皆知っているはずなのに。
「なぜこんなことを」という気持ちを持つ人は日本人の100%に近いと思うのだけれど、どう考えても新聞やマスコミで報道されるものはほんの一握りにしか過ぎないのではと思うのです。
今から30年程前にこれ程ではなかったが、小さな会社が2部上場すると言うことになってから自分の居た会社がまったく別の会社になってしまった経験が有る。
あたり前の話があたり前で無くなり、「商人道」とか「人生道」と言う言葉は見せ掛けで、基本的に「お金が共通言語」だ!お金を稼げないヤツは黙ってろとなったので有る。
そんなこんなで自分を見失しなうことをしたくなくて自分の我がままで20年前に会社を辞め間違えてブロードを設立したのだけれど、もし自分が残っていたとしたら、株価や経常利益率、売上高up、etc.が自分の全てになっていたかもしれないと思うとふっと恐ろしくなってくる。
最近私のかつての知人が400億円を越える借り入れを残し、粉飾決算で1部から2部へ移されたが何の社会的制裁も受けず退任し、又、次を考えていると言う話を聞いてなんとも自分が納得いかない気がしている。(株価は1時期のなんと1/40である)
個人的に何の恨みも感情も無いのだけれど大手メーカや大手証券/大手銀行に食い物にされた彼は犠牲者なのかもしれないが、25年前からの彼と10年程前からの彼は全く別人のようで有った。
知らない仲でもなかったので3年程前に会いに行ったら「何の用事だ」「時間が無い」などと言われ女の子の持ってきたコーヒーにも手を付けず早々に引き上げた記憶が有る。
その頃は、本人は社会的に頂点だったのかもしれないが、(ホテルオークラでのホールディングス移行のお祝いには各界の名士が顔を揃えていた)僕にとって1部上場なんかは関係ないと思っていたのに目を見た瞬間別人と思ってとてもがっかりした。 そして今年の報道。数年前からユーザから悪い評判を聞くことが多かった。
ますます残念でしょうが無い。何と虚しいことか。
刑事、民事でしばらくシャバから遠ざかって欲しいと思う。
彼のおかげで稼いだ人や法人も多いのかもしれないが損をしたり(お金で済めばまだたいしたこと無い)人生を台無しにした人がたくさんいるのだと思う。

そんなこんなを思うとお金で人生を台無しにしている人が多い中、何の傷も痛みも感じない人々が増えてきているような気がする。
そんな人達にシャバで打つ手が無いのなら地獄の閻魔様にインサイダーし、どんなに口でうまいことを言っても地獄に行って貰えるように出来ないものだろうか。
でも昔から「三途の川」の渡し賃は6文と決まっているようですが、平成になってから船一杯現金を持って行くと天国へ行く流れがあるかもしれないなんて本当に考えるのは、私一人だけなのだろうか?

オワリ

 

88歳の青春
2007年11月05日 

六本木に「マリの部屋」と言うスナックが有ります。姫野が銀座のママ(もう引退されましたが)に紹介されて初めて行ったのが30年程前になりますので、このお店はかれこれ35年は過ぎているのかも知れません。
色んなことが有りましたが、未だに一人で朝5時までやっているようですが、古い方なら昔のカセットのカラオケが流行っていた頃「小さなスナック」と言う歌の中に出てくる赤レンガのお店があったのを記憶されていませんか?実はそれがこの店だったのです。
カラオケはすでに通信に変ってますが、このお店は未だにそのままでママも(?)そのまま元気で残っております。
カラオケが中心だったのですが、姫野はこの店で「クラッシュアイス」を作ってもらってブランデーを2~3杯飲むのが年1~2度の楽しみ(?)となってます。(売り上げに貢献してないのです)
グラスの外側に氷ができて自分の指紋で溶けて行くのを酔った目と心で見るとも無く見ながら1日の終りを(朝ですが)感じるのです。
(最初クラッシュアイスを作る道具が無くて布巾で作っていたので、文句を言ったら1人(姫野?)の為に道具を買ってきてくれた。)
話しは本題からかなり逸れてしまいましたが、今年に入って「姫野さん、母が作ったこんな本良かったらどうぞ」と貰ったのが永嶺榮子著「須叟の間」の句集だったのです。
やはりこの母ありてこの娘(ママ)有りかと思ったのですが、今年なんと大正8年生まれで88歳になられて2冊目の本を出され、わざわざ手紙も同封していただき、お送りいただいた。
今回は「風光る」。
津和野の時計屋へ嫁がれてからの生活臭漂う中に家族への愛情や自分自身への熱き思いなどが溢れんばかりに感じられるものばかりでした。
そんな中で大正ロマンと言うか白黒の映画の一場面を見るような句が有りましたので、いくつか姫野の独断と偏見で紹介させていただきたいと思います。

永嶺榮子歌集 処女作「須叟(すゆ)の間」1997年から2句

やや後に退りてバスは発車せり吾一人乗る失意のごとく

しづけさをうばふ如くに車来て男を一人落としてゆけり

永嶺榮子歌集第2作「風光る」2007年10月から5句

塀の上に歩幅を保つかたつむりゆるやかなれど止りはせず

服薬を無上の術とすがりたる病みゐし日々の心卑しき

今日笑ひ明日哭きつつ歩むなりかくて越えゆく修羅のいくつか

あきらけく出でたるままに渡りゆく青野が生み出し真新なる月

つつまれし冷気の中を昇りゆく何かがありて秋とはなりぬ

世に言われる「米寿」となられた訳ですが、第2作の出版本当におめでとうございます。
我々もこんな素敵な人生を送りたいものですね。 晩節を汚す人が近頃多い中、一服の清涼剤のような気がするのです。
また、次の句集をお待ちしております。

オワリ


秋晴れの中で
2007年10月21日

ここ1年程土・日や休日はゴルフか乗馬か?で家に居た事が無かったのですが、今週は全く予定を入れず家にいました。
(レッドソックスとインディアンスの第6戦を楽しみました。松坂が7戦で優勝投手になりました。皆さんお祝いしましょう!)

特に日曜日はこんなにすばらしい秋の1日があったのかと改めて2人の娘(犬)達と「1日の大切さ」と「日々是好日」を満喫しました。

季節の変わり目の秋の1日がこんなに人の心を清めるとは思ってもみませんでした。 今年の天候不順は今、庭の「百日紅」(さるすべり)が咲いているのをみても明らかだと思うのですが、今日の1日でそんな事も吹っ飛んでしまいました。
これも1日家にノンビリしていたお陰だと思ってます。

先週末にPHP文庫の2冊の本を偶然読み、とても自分にとって納得のいくものだったので皆様にもご紹介いたします。

わずか1冊660円です。本て本当に安いですよね!

1冊目犬をお持ちの方は是非お読み下さい。
自分が思っていたことがそのまま載っていてとても嬉しくなりました。(犬を特定の目的を持った動物ではなく、家族としてどんなマナーを教えるか)
題 名「犬の頭がぐんぐん良くなる育て方」三浦健太
副 題あなたの愛犬はすばらしい能力を持っている!
PHP文庫2007年10月17日発行
2冊目乗馬を初めて1年ほど経ち、やっと丹田(へその下10㎝くらいの所)に力を集中して姿勢を正してリラックスして乗れることがわかってきました。
題 名「心が大きくなる座禅のすすめ」中野東禅
副 題自分をもっと元気に強くする法
PHP文庫 2007年10月10日発行

以上


久しぶりの五木寛之
2007年8月22日 

今年の夏は入るのが遅かった割に異常に暑い(熱いとしたい?)日が続いており、猛暑ではなく酷暑と言う字がぴったりです。
昔シンガポールや台湾で経験した40℃に迫る日々が続くと「うんざり」です。
娘達(犬)が4時過ぎには起こしに来るためどんなに遅く帰っても朝5時頃から上の娘を抱っこして、下の娘と一緒に30分程散歩に行ってます。
それから1時間程庭に水をやり、足が藪蚊の攻撃で10箇所程腫れて「ウナコーワ」をつけて扇風機の前にいるのが日課となっております。

誠心誠意というかブロードウェイレターを多くの方々に無理やりお送りして、未着の人もいましたが、かなり多くの人々の手元に無事着いたようです。
何年、何十年ぶりに電話やメールやレターを多くの人から頂いたのですが、ある人から五木寛之の「林住期(りんじゅうき)」を読んで第2の人生と思っていた会社を辞めましたとの葉書が来てさっそく「林住期(りんじゅうき)」を読んで見る事にしました。
実は昨年五木ひろしと五木寛之を間違えて大恥を掻いたことが有ったのですが、「生きるヒント」などを読んでいて面白い作家だと思っておりました。自分の人生を本当に正直に自分と向き合っている人だという印象があったのですが、あまりのプロ的書き方が最近鼻についてきてここ数年はあまり読んでいなかったのです。

しかし、この本が自分の背中を押してくれたという言葉ですぐ読んだのですが、すでに五木寛之は74歳となっており彼の言う「林住期(りんじゅうき)」を後1年残すのみの立場で書かれているような気がするのです。
内容は是非お読みになっていただきたいので省きますが、50才~75才は黄金期であり、収穫期(ハーベストタイム)である。その年代をどのような覚悟でどのような心構えで過ごせば良いかというヒント集のような本であった。

自分が37歳から独立して同じような発想で生きてきたので特に驚くような事はなかったが、「五木寛之」も普通の人になってきたなぁというのが偽らざる感想であった。

人が好き、人に喜んでもらうことが好き、面白い人に会うのが好き、人の器を見るのが好き、しかも、独立してから売上や利益を第1目標にしてこなかったせいか、とにかく一生懸命働いて上場するとか大金を稼ぐ事に対してあまり興味を持ってこなかった。(いつも「倒産」という言葉と「父さん」という言葉を意識はしてましたが)
20年間何とかやってこれたせいか、いつも螺旋階段をグルグル上がっている感じで、気がついたら「自分の一生の卒業式」を迎えるような気がするのです。
一生現役を通すことができると思う心が今は大切とも思うのです。
こんな構図が最高と夢見ています。
五木寛之が死ぬ直前、何を考え何を残すのか?とても興味が有ります。 いつも、死ぬ直前の人に「死ぬ気持ちはどんな気持ち」と聞いて見たい誘惑にいつも駆られています。

そんなこんなを作ってくれたブロードウェイレターにあらためて感謝感謝!
21年目の新しい人々との面白い交流が始まると思うとブロードウェイレターのカラーの表紙を飾った2000年桜様々と思えるのでした。

オワリ

 

汗-加齢臭?
2007年8月03日

近頃乗馬をするとものすごい汗を掻くことが多く、顔から水が溢れ出て川のような気がすることがよく有ります。
乗馬をするためには馬装と言って厩舎から馬を出して洗い場で色々な手入れをしてやらなくてはいけないのですが、この15~30分で汗びっしょり。まあこれが馬とのコミュニケーションと乗り手の準備体操のようなものです。
胸にプロテクターをし、ヘルメットを被るとそれだけでも暑いのですが、夏の直射日光の下で45分の乗馬を2回やると平均で体重が1~1.5kg減ります。
最近、顔が汗の川のようになって目に汗が入ることが多いのですが、不思議と目が沁みることが無いのです。
変だなあと思っていたのですが、先週のNHKの番組を見て自分ながら乗馬をして良かったと納得しきりなのです。

番組は夏の熱中症予防対策の話しだったのですが、一番熱中症にかかりやすい人はクーラー大好き人間で汗を掻かないようにして、シャワーしか使用しない人なのだそうです。
人間には200万個の汗腺があるのだそうですが、年を重ねるに従って汗腺の働きが悪くなって体温調整がうまく行かなくなるのだそうです。
汗腺が活発であれば大量の水を出して温度調整をするのだそうですが、この時一度出したミネラルや塩分を再度吸収するのだそうです。
(昔、スポーツをして最初の汗は臭いけど2回目以降はすっきりするのも汗腺が活発になるせいなのでしょう)
汗腺が衰えてくると水を出す量も減るのですが、ミネラルや塩分の再吸収能力が少なくなり、ますます水が出にくくなると同時にそのミネラルや塩分が加齢臭(この字かどうか判りませんが?)の原因となるのだそうです。
ですから汗を掻くのを嫌う人が加齢臭体質になりやすい訳です。 そして熱中症にもなりやすいのだそうです。
ある年代になるとじいさん臭い、ばあさん臭いと言われるのがとても嫌なものですが、1日1回は全身で一杯汗を掻くことが大切と教えられたのです。
又、シャワーしかない人は「足湯」をして全身汗を掻くことを番組は勧めておりました。
(これを続けると汗腺が活性化するのだそうです。)
皆さん、良い汗を一杯掻きましょう!

追) ブロードの20周年記念号がやっと出来ました。
       表紙と表4に2000年の神代桜がドーンと出ています。
       (20周年なので少し無理して桜だけカラーにしました)

20周年ブロードレター表紙      

出来上がって最初に「浅瀬川」の女主人に配りに行ったら、ご祝儀を頂いてしまった。
今週からお配りしておりますが、興味のある方はどんどん申し込んで下さい。(当然無料です)
中身は小学生の「文集」みたいなものですが、2000年桜だけは絶対お楽しみいただけると思います。
もし可能ならば来年4月現物を見に行かれることをお勧めします。
その感動と驚きは実際見ないとお分かりいただけないと確信しています。
自分も是非そんな感動を与えられる(驚きは簡単かな?)人間になりたいものです。

オワリ



ちょっといい話
2007年6月03日

つい最近母(82才)の弟(79才)が突然来てくれて1泊していった。
新潟から専用バスで横浜の結婚式に出たのだと言う。
3年ぶりくらい会っていなかったがとても元気そうで、「もう酒飲めない」(バスの中でずっと飲んでいたそうで)と言いながら冷酒がと言って4合瓶のほとんどを一人で平らげていった。
驚いたのは今だに薬剤師の仕事をしていて会社に勤めているそうで水曜日だけはボランティアをして1日1万円を稼いで半分を協会に収めているのだそうです。
会社では若い人と話すのが自分の仕事だと言っており、実の孫達のような社員を相手にしながら楽しんでいるようです。
会社の役員や社長とは関係ないよと笑っていた。
目標はこの会社の最長老が83才だったので、自分がこれを更新することだと言う。
仕事が薬剤師と言う特殊性もあるのかもしれないが話をしていつもとにかく面白いし、年寄り臭くない。若い人の気持ちも良く分かるようである。
前回会った時より若くなっているようで最近犬を飼ったせいもあり「モモ、リンゴ」ともとても懐いていた。
こんな年の取り方もあるのだと本当に嬉しくなった。
立派なサラリーマンで定年になると急に衰える人が多い中、1つの良い例だとつくづく思った。

最近50代、60代の人と話すことが多く、少なからず抵抗を感ずることが多く何だろうと思っていた所、5月末に私の大学の先生の退官記念があり、後輩と話をしていたらそれなりに会社を作り成功しているのに全てが問題指摘型で自分勝手な態度だった。
よく先生も穏やかに聞いていれると思っていたが、かなり飲んでいたせいも有り、「お前は日本を愛する心」を持ってないんじゃ無いのとはっきり言ってしまった。
酔うとすぐに口に出してしまうので反省することが多いのですが、今回はいままでのいくつかの人々とのストレスも有り、かえってすっきりした。
先生も「お前も相変わらずだなあ」という顔をなさって笑っていらしたが先生の仕事柄というか忍耐力というかものすごいと思った。
でも、「自分の国を本当に愛する心」とは何かを再度考える良いチャンスを与えてもらった事を感謝しよう!と強い刺激を感じ少し興奮した。

そんな事を考えながら10日間(セントルイス-シカゴ-NY)の海外出張をしてきます。
皆さんもゆっくり考えてみませんか?

以 上



有田陶器市に行ってきました
2007年5月10日

近頃何かしら時間が足りないことが多く、忙しいわけでも無いのに中途半端に終っているような気がして反省しきりです。
大きな流れは、社会的な人の入れ替わりが早くなってきていることに有るような気がしています。自分が若かった時からお付き合いして来た人々がどんどんリタイアなさって行くのが自然とはいえとても寂しいというか残念でなりません。近頃は30代や40代の人々との交流も増やしているのですが、そんなこんなで時間が足りないのかもしれませんし、自分の心の問題かもしれません。

今年は海外出張が多くなりそうで、体力強化が必要と思っていますが、今年前半で道後温泉と有田陶器市に行って来ました。
どうしても行きたかった道後温泉は3月末に1泊2日で無理して行ったのですが、その前に「大阪コンピュータ運用を考える会」の10周年記念行事で大津に泊まったことが引金でした。
期待が大きかったせいか本音で言うと少し残念でした。松山城の桜の季節でもあり人が多すぎるのも興醒めだったのかもしれません。
松山と言うと「坊ちゃん」と言われるほど夏目漱石や正岡子規が有名で住居なども見てきました。

5月の連休の前の平日を利用してどうしても行きたかった有田陶器市に行って来ました。
3泊4日だったのですが1日目はここ10年以上も利用している「日田の天領水」を見に行って来ました。月80リットル程買っているので一度はどんなところか見たかったのです。
ほとんど調べもせずバスに乗って運転手に天領水に行きたいと言ったら親切に教えてくれた。
バスを降りタクシーに乗ったら「何もないですよ」と言って工場の中に入って隣の「カンポの湯」で降ろしてくれた。
自分では日田の山の中の杉の山林にと勝手な想像をしていたのが何と川の中洲に大きな工場があり、ここで2000mほどの地下から汲み上げているのがわかった。日田盆地の中心のようなところであった。

「カンポの湯」は源泉が63℃もあり、露天風呂では目の前で源泉を冷やして(昔の塩を取るような感じ)いるのが印象深かった。
その夜福岡の中洲で必ずと言っても寄る「六三亭」へ行きカサゴを食する。ここの自家製 「明太子」は最高なので、安い「切子」を10セット送ってもらうことにする。明日陶器市に行くと言うと自分達も昨日行って来たと言って話が盛り上がる。
いつもひいきのお店を紹介されて最後にラーメン屋も紹介してもらって行って来た。
またまた大満足の夜でしたが、食べすぎ飲みすぎの連夜でした。

陶器市は混んでいると言うのでバスで無く電車にし、手前の上有田で降りて歩くことにした。(これだと有田駅まで下りとなる)
2年前に「柿右ェ門の柿の色」にこだわり、柿の季節に来た時は「人っ子一人」いない通りが人であふれかえっていた。
途中で「究極のラーメン鉢」を売っていて限定30セットで3万円/セットのお店が目に留まり送ってもらうことにした。すでに23番目であった。

紹介されたお店で例のごとく無理を言ってたくさん買ってしかも料金後払いで送ってくれることになった。(揃わない物があり特別価格4割引きで作ってくれることになったのです)

大満足して初めての佐世保に泊まることにしました。
宿泊はユニマットがやっている南西リゾートが最初に建てた丘の上ホテルです。
帰りに海上自衛隊の護衛艦「せんだい」と「いそゆき」を見て帰ってきました。
久しぶりに何の気兼ねもなく、又地元の人々との会話など楽しい時間を過ごすことができました。
6月は恒例の米国出張が有り、少し疲れてるかもしれませんが面白い日本を探したいと思います。
まだまだ日本で知らないところが多く、元気の内にあちこち行って見ようと思っています。

以 上



万難を排して
2007年04月06日 

ブロードの20周年の記念として社員全員で日本三大桜の一つで有る山梨の「神代桜」を見て、石和温泉に一泊して来ました。

実相寺の神代桜   神代桜

神代桜   大津山実相寺

縁あって「神代桜」の大津山実相寺の長女が新卒者としてブロードへ入社したのがきっかけでした。内定を出して昨年末に食事会をした時に初めて実相寺の2000年桜のパンフレットを持ってきてくれました。
その時に始めて知ったのですが、その瞬間、今回の会を考えました。
20年と2000年では比較にならないのですが、全ての条件がそろい、「天命」とも思える気分となったのです。
又、今回の予約や企画も彼女が一手に引き受けてくれました。「万難を排して」の社員の参加を望んでいたのですが、残念ながら社員の欠席者2名、途中からの参加や日帰り組も10名程いて、やはり自分の気持ちが伝わらない事に少し苛立ちを覚えるものの、強制する事があまり好きではないので、まあこんなものかといつものいい加減さでごまかしました。

ブロードの社員は扱い商品やユーザニーズの違いによりかなり入れ替わってきておりますが、今はとてもバランスが良くなって来ていて、少々人が変わっても組織でカバーできる人材も育ってきていると思ってます。
言ってみれば「核になる人物」が育って来ているような気がしてます。
特に新人が増えつつあるので、知識やノウハウ・ノウフウの伝承が大切になって来ているのです。
少し前までは、自分が講師となり、木金と泊りがけで合宿をやったりしてましたが、ここしばらくやっていなかったので、自分としてもとても良い経験をしたと思ってます。

特に新人の男性二人は「浴衣の帯の締め方」がなってなくて、宴会時に直してもらったりしていて、とても良かったと思っています。

こう言う会は良く踏み絵のように考え、中味を考えない人が多いのですが、今回86歳の家内の母や82歳の自分の母も「万難を排して」参加してくれて尚さら思い出深いものとなりました。

ホテルの宴会にて

今回の旅行のルートはご存知の方も多いと思いますが「志村けん」がいる大月の「笹一酒造」

笹一酒造

次に桃で有名な一宮町で桃源郷

  一宮町の桃源郷   一宮町の桃源郷

一宮町の桃源郷

桃を見て「ほうとう」を食べて

ほうとうを食べながら

後630年程続いている実相寺の神代桜を見て住職の講和をいただいてから石和温泉で一泊したのです。

実相寺山門にて   住職の講和を聞く

2日間とも天気に恵まれ、桃の赤い花が予想外に目にスクリーンとして映り、神代桜も満開でこれ程全てのタイミングが良かった旅も珍しいと思います。
何か10年分の春の花と色をいっぺんにもらったような気がします。
皆さんも是非来年は行って見られたらいかがでしょうか?
2000年の桜が今も目に焼きついてます。 本当に満足した旅でした。

今年入社した3人の新人たちも思い思いの「思い出」を人生のスタートとして持ってもらえたら、これ程楽しい事は有りません。

新人にこの旅に「万難を排して」参加して下さいと言ったら三人とも「キョトン」としているので、ひょっとしたらと思って聞いたら「万難を排する」と言う言葉を知らなかったのです。
又、「緑の三和銀行」を知ってるかと聞いたら、3人とも知らなかったのです。
そんな世代ですが、人の心はいつも変わらずと思ってます。 そんな中で中途の社員で「万難を排して」の意味を再度考え直してほしい人がいるような気がしてます。
また、会社が20年を迎えるので「胡蝶蘭」はいりません、是非「仕事」を下さいと言う社員が一人ぐらいいても良いのでは?なんて「ぐち」を忘れさせる旅でした。
20年間の放電が一瞬にして10年間分充電できたような気がして、これから21年目に向けて、良いスタートダッシュとなったと強く思っております。

自分の運は自分で掴まなくてはいけません。やらされている人生ではいつかは破綻するのが目に見えてます。
自分で考え行動して責任を持つのは当たり前なのに、それができる人は本当に一握りです。
そんな一握の中にブロードの社員が入ることが、これから10年の夢かもしれません。
そんなこんなを色々考えさせられる旅でしたが、来年も新人が入ってきたら、新しい企画をして思い出の旅を作ってやりたいと思ってます。

以 上

 

つい最近読んだ本
2007年01月31日 

最近読んだ本で皆さんに是非紹介したい本があります。
ご存知の方も多いと思いますが、新谷弘美(しんやひろみ)著で1月15日サイマーク出版から出されたばかりの本です。
「病気にならない生き方」2実践編1600円です。
偶然本屋で見つけて週末に読んだのですが、実は自分がいままでの経験で実践している事とほとんど同じだったのです。
自分は医学的知識はほとんど有りませんが、色々読んだり聞いたりした自分なりの雑学を生活に取り入れて近頃ようやく自分なりの生活スタイルを確立してきたと思っていた所でした。
ほとんど読まなく(?)ても内容が良くわかった気がするのです。
(近頃そんな本に出会うことがしばしば?やはり年を取ったのでしょうか?)
そんな本です。
内容はご自身で読まれたほうが良いと思いますので簡単にコメントしておきます。

作者の言う「腸は第2の脳」がすべてを物語っていると思いますが、実践方法に書いて有る「七つの健康法」を紹介しておきます。

1
正しい食事
2
よい水
3
正しい排泄
4
正しい呼吸
5
適当な運動
6
上手な休息、睡眠
7
笑いと幸福感
です。
単なる雑学ではなく、医学的見地から説明されているのがとても嬉しいのです。
是非皆さんお読みいただいて、120才まで生きられるよう頑張ろうでは有りませんか!

以 上

 

2007年のスタート
2007年01月09日 

先日アップしましたように1/3~1/6まで伊勢へ行って来ました。 目的は「安乗(アノリ)ふぐ」を腹一杯食べることでしたが、往きは愛知県の伊良湖からフェリーで鳥羽に渡り賢島に行きました。帰りは伊勢自動車道から東名経由横浜の青葉ICまで480kmを5時間半で帰ってきました。道も空いていて快適なドライブでした。

「安乗ふぐ」は御存知の方も多いと思いますが、地元でもとても大切にされているようで、すべて予約が必要でした。お勧めは近鉄「鵜方」駅近くの開業35年経つ和食の「鯛」と同じく35年経つ寿司屋の「大島」です。 (言って見れば私の好きなオーナーシェフのお店で家族経営なのです。)
「鯛」はふぐ以外色んな物もチョイス出来、続けて行っても飽きない程良いお店です。 「大島」は予約で1万円の安乗ふぐコースですが「ふぐのにぎり」が出てくるのがとても良いのとツマミとして色んな食材をチョイス出来ます。

偶然ですがこの2店はお勧めです。今回はNHKの「食べもの新紀行」の番組で「安乗ふぐ」の特集を見たのがきっかけでしたが、すでに10年程前から大切にされて来たようです。今流行の「地産地消」を地道にやって来た見本のようなものですが、下関のように荒っぽい扱いはしないのだそうです。 例えば「ふぐ」はとてもデリケートで傷つきやすい魚だそうで、なるべく人が手で触ることを避ける為に漁師が安乗漁港に漁船が「ふぐ」を持ってきても仲買人は船の「水槽にいるふぐ」をそのまま競り落していくのだそうです。
そんな話をいつも買っている横浜青葉区の「魚喜」のお母さんに話したら、「そうなのよ。料理屋の板前でも魚を粗末に扱う人がいるけどそんな料理は絶対うまいとは思わないの」と言っていた。

いよいよその味ですが「てっさ」はとても水々しく、東京では考えられない程の「甘味」が有りました。また、普通はタレに漬けないとふぐの味が出ないのですが、何とそのまま食べてもとてもおいしいのです。
又、「ふぐの皮」が絶品でその柔らかいこと!いくらでも食べられる程でした。
「白子」はおいしいのですが、東京の有名店(普通一般に言われる有名店)での少し塩が多く強く焼いたほうがおいしい気がしました。
最後の「てっちり」鍋ですが普通の骨の部分はダシであまりおいしく無いのですが、何とものすごい甘味が有りどんどん食べられるのでした。
やあ満足満足満足。(でも現地で食べていただくのがすべてです!)

何と最後に安乗ふぐを食べた証明書もくれるのでした。又、「てっちり」にふぐの口が入っていてその歯をお土産に持ち帰りました。

あのりふぐ証明書

本当に行って良かったと思っています。
後、名物「的矢かき」「浦村かき」なども絶品です。又、食べ物以外にも大変な収穫が有りました。
一泊だけ賢島の近鉄志摩観光ホテルに泊まったのですが、入り口の右側に何と200号近くの藤田嗣治の絵が有ったのです。
驚きだったのですが、展覧会には出されていない一品でした。何故ここにそのようなすばらしい絵が有るのかですが、実は1936年に京都の丸物百貨店(後の近鉄)の為に「野のあそび」と題して藤田が作成した物だったのです。その後の変遷を経てそこに鎮座してました。レストランの店長もここに置くのはもったいないのですがと言っていて写真もOKしてくれた。
本当に驚きました。(余談ですがこのホテルの洋食は最高です。)

野あそび 藤田画伯

せっかくここまで来たので初めての伊勢神宮に御参りし、ブロードの20周年の報告と今後の社業の発展と社員の健康をお祈りして来ました。(神様にすごく怒られそう)
すばらしい旅でした!是非皆さんも行って見ませんか?
いつでもアドバイスしますよ!

おわり



2006年至福の時
2007年01月02日 

新しい年になりましたが2006年の「至福の時」をまとめてみました。
何と言っても9月から会員となった乗馬クラブの馬との出会いです。現在土・日とも予約が取れれば1鞍、2鞍(1鞍は45分です。)と乗っています。このクラブの特徴は馬の世話を自分でしなければならないので、厩舎から出して厩舎に戻してやる必要が有ります。
指導員や会員の人々は犬や猫にはまっている人がほとんどです。最初は馬に噛まれたり足を踏まれたり散々でしたが4ヶ月経ち70鞍を超える頃から駈歩でもかなり安定し、安心して自分で乗れるようになって来ました。
近頃はゴルフも自分から誘わなくなり、馬の中級クラスの3級を目差し頑張るつもりです。
今年の夏には野原を自由に走ってみたいと思ってます。
皆さん是非乗馬しませんか?私の人生を変えた大きな出来事で有り2006年「至福の時」のスーパー第1位。(手元に無料の試乗体験の招待券がたくさん有ります。)

第2位は御馳走になったnapavalleyのカルトワイン。名前はbond vecina2002でカベルネソーヴィニョン100%の赤の稀少ワインです。(日本に輸入されていませんがネットオークションでは手に入ります。)

場所は日本で初めてワインを輸入したと言われている愛宕に有る「小西」です。御存知の方も多いと思いますが、ここに数ヶ月に1回4人のITの社長が集まる「小西会」というのが有り、小生も末席におります。
確か昨年9月に集った時にだんだん酒が回って来て(気が大きくなって)皆で、ここでしか飲めない物が無いかワイワイ言ってたらお店の主人が1本4万円と5万円のボトルを出して来てどちらにするかと言う話しになって、姫野だけが「どうせ御馳走になるのなら高いのにしよう」と言ってこのボトルになったのです。

それまで4人で3本程飲んでましたが、このワインを一口含んで天地がひっくり返ったような覚えがしています。
今まで、ワインとかお酒は主役にならないと思っていたのですが、これだけで後は何もいらない!!
ほんとうに言葉もいらないのです。この時ほど「至福の時」と思えたことはありません。
普通だったら絶対№1なのですが、このボトルは現在オークションで700$以上するそうです。そんな意味では安い買い物だったと御馳走してくれた人にはすぐお伝えしましたが、その後この会は開かれておりません!かなり予算オーバーだったのでしょうか?

第3位は毎朝4時から5時の自分だけの時間です。今(1月2日朝4時頃)もその時間です。自宅にいる時はなるべく早く眠って(8時~9時頃?)空が白み始める頃に起きるのが楽しみなのです。誰にも邪魔されず自然の明るさとすべての音と時間を自分の物にできるのです。
昔は土・日に自宅でお酒を飲んで早く眠ってしまい、早く起きて時計が狂ったような気がしてたのですが、いつしかそれを楽しもうと思い始めてから真に「至福の時」に変わったのです。
近頃海外の人から、この時間だとすぐメールに返答出来るので狙い打ちしてメールをくれる時も有りますが、あまり気になりません。すばらしい時間です。

第4位は最近人に言われて気がついたのですが、ブロードでMSN、Yahoo、Googleなどを使って検索するとほとんどがTopに自分の会社が出てきます。
Topにくる為に何かしている訳ではないのですが、何となく嬉しく、又3月3日で丸20年を迎えるブロードにとって良い勲章と言うか、良い記念だと思っています。
「わずか20年、されど20年」自分の能力の無さをつくづく考え思うことも有りますが、自分で決めた「スーパーオーナーシェフのビジネスモデル」はこれからの独立思考の人々にきっと役に立つと考えています。
昨年末に日本の大手Top IT企業の社長と忘年会をやりましたが、没個性、没営業論を展開され、楽しく無い会社の見本のようなものだなと思いました。安定した大企業と中小零細企業は基本的にやり方を変えなければならないのは当然ですが、大企業の保守性には何となく抵抗があり(自分が独立したことも有り)、議論してしまった(反省反省!)

いよいよ最後の第5位ですが、10月に食べた鵡川の「オスのシシャモ」です。2年程前に鵡川のサシミで食べれる2週間を紹介したのですが、シシャモと言うと子持ちのメスが定番ですが丸々したオスのシシャモがおいしいと母親に言っていたらその週末に玉川高島屋で偶然見つけて買って来てくれた。これも2週間程しかないそうだが、料理方法が面白い。
直火で焼くとせっかく美味しい頭とかヒレが焼けてしまうのでそのままフライパンで焼くのです。
油を引いてはダメです。自分の油でこんがり焼けて食べ応えも有り、本当にそのおいしいこと!
一度お試し有れ!

これからお風呂に入り、初乗馬に行ってきます。
今年も色んなことが有り、大変な年になる予感がしていますが、「至福の時」を少しでも増やして行きたいと思っています。
明日からはNHKの好きな番組「たべもの新世紀」でやっていた和歌山のふぐを食べに行く予定です。(安乗(アノリ)ふぐ)
レポート期待して下さい。

新年1月2日午前4時半 自宅にて




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