姫野惠悟のホームページ
  • 姫野惠悟ホームページ
  • トピック海外
  • トピック国内
  • プロフィール

2012年~2013年| 2010年~2011年|2008年~2009年|2003年~2007年

Topics海外 2003年~2007年

2007年06月14日
日本の原点 
2007年02月27日
ついにここまで来ました! 
2007年01月28日
2007年のNY
2006年09月30日
NY余話
2006年09月20日
9.11のNYから
2006年07月15日
久しぶりの海外出張Ⅱ
2006年07月10日
久しぶりの海外出張Ⅰ
2005年10月08日
海外出張に行ってきました。
2005年04月11日
サンタ・バーバラの蟹
2004年07月21日
最新米国出張レポートⅣ 後書き
2004年07月16日
最新米国出張レポートⅣ リノ-アゴラ編
2004年07月07日
最新米国出張レポートⅣ NY編-Ⅱ
2004年07月05日
最新米国出張レポートⅣ NY編-Ⅰ
2004年02月12日
最新米国出張レポートⅢ
2003年11月20日
最新米国出張レポートⅡ
2003年10月11日
ヤンキースとレッドソックスの試合を見ながら
2003年07年22日
最新米国出張レポートⅠ

海外情報2003年~2007年
日本の原点
 2007年06月14日

今、NYの朝4時半です。これから荷物をまとめて日本に帰る支度をします。
時差ボケも無く日本と同じように朝4時から5時に起き、夜10時頃に眠るようにしています。
(NYだけは例外で午前様の日が続きましたが起きる時間は同じです。)

今回、6月6日~10日はアメリカの原点とも言われるミズーリ州(Missouri)のセントルイス(野球を良くご存知の方は2006年ワールドチャンピオンに輝いた、田口がいるカーディナルス(Cardinal)の本拠地です)
6月11日~12日はシカゴ6月13日、14日がNYでした。

毎度の事で忘れ物を必ず1つはすることが有るのですが、近頃物忘れがひどく?初めて3日前に荷物をまとめて万全を期したつもりだったのですが、なんと寝巻きとツメ切りを忘れてしまった。
2週間ほど経つと結構ツメは伸びるもので女の人のような指先をあまり人に見せないようにしています。
セントルイスでは年1回、IBMホストのセキュリティ専門会社の世界のディストリビューミーティングとカンファレンスが行われました。
カンファレンスは全米を中心に500人ほどがエントリーしていてなんと今年で21回目となり(10日~14日まで72コース)熱心に発表したり勉強したりしておりました。
予想もしてなかったのですが、世界から10カ国程の(毎回おなじみの顔が揃う)代理店の中でブロードが昨年№1として表彰された。(今回で2回目)その中でオーナーの社長から、姫野とは家族ぐるみの付き合いだがいつも会うと必ず「贈り物」をくれるのでこちらも必ず「お返し」をしている。そんな関係がやはり良い成果を導いてくれるとスピーチで紹介されて、こちらもいつ「贈り物」をやめようかと思っていたが、また来年(ロス)もその次も続けていこうと考え直した。

セントルイス(St Louis)は人口38万人程で日本ではとても有名な「Mark Twain」の「Tom and Hutch」の地として又、バドワイザーの発祥の地(野球場テレビではご存知の方も多いと思いますがバドワイザーのBush Stadium)アメリカ西部開拓の原点のような所です。

シカゴの有るイリノイ州の西側に位置し有名なMississippi Riverが州の境で、シカゴから飛行機で1時間20分程です。
今はカーディナルスの赤いシャツを着た人々が街中に溢れていました。
何と、セントルイスに着いた午後は80F(31度)で夕方には94F(34度)の暑さでした。
日本人はほとんど見られず200mのゲートウェイが街の象徴として人気を博しておりました。

シカゴに移動し、O'Hare空港からタクシーに乗ったら、場所がわからず大変な思いをし、しかも帰りの料金を出せと言う、久しぶりに変なタクシードライバーに出会ったが、それが今回の旅の劇的なトラブルの幕開けだとは思いもしなかった。

シカゴの会社は4年ぶりの訪問だったが、新しいビルに移り素晴らしい発展をしていて、新しい製品を日本でやって欲しいと言われての訪問でしたが、何と先週金曜日にM&Aをすることになり、正式発表が今週の木曜日に行われる為、何も話をすることができない、「1週間待ってくれ」と言われほとんどビルの見学だけで終わってしまった。アメリカのダイナミックな一面を垣間見た瞬間だった。
まあ、それに立ち会っただけでも幸せなのかもしれない。
夜は2週間熟成させるという有名なステーキハウスに連れて行ってくれた。シェフお勧めというステーキを「Too Big」と言っていたが、姫野だけが1人分ペロリと食べて、まだ物足りない顔をしていたら外人にあきれたような顔をされてしまった。
ナパのワインもとてもおいしく「Frog's Leap」(飛ぶカエル)のラベルも貰って来たが、ドライマティーニもお勧めというので1人だけ飲んだがグラスの大きいこと、しかも大きなオリーブが3つも串刺しで入っていた。
自分でも良くヤケ酒ヤケ食いができると驚いてしまった。

次の日、朝早くO'Hare空港からNYに向かった。2時半頃には着く予定だったのに飛ぶ前にNYのラガーディア空港が込んでいるので20分ほど遅れるかもと言って飛びたつと1時間かもと言う。そのまま眠ってしまいそろそろかなと思っていたら着陸すると言う。あっという間に着陸したら、ずいぶん寂れた空港で久しぶりのラガーディアだけど変だなと思いながら、出ようとしたら座れと言う。何と燃料が無くて途中のピッツバーグに着陸したという。燃料を入れたら直ぐ飛ぶと言って滑走路に向かったのに途中で駐機場に入ってしまう。何とラガーディア空港が込んでいて予定が立たないという。個人で降りる人は降りていいよと言う始末。
スチュワーデスもまったくわからないといって飲み物やスナックを何度も配っていた。3時間ほど待たされて、いきなり機長が「Good News」とアナウンスして今ラガーディアが雷雨なので、空港の着陸枠が空いたので直ぐ飛ぶと言う。結局5時間遅れの7時半頃やっと着いた。
「バカヤロー」と日本人だったら直ぐ言うところだけれど、こちらの人はこんな時だれ一人として文句を言わないし、飛ぶと言った時、拍手する人もたくさんいた。
夜7時に友達と夕食の予定だったのでどうしても連絡をと思いスチュワーデスに6時にビジネスアポイントがあるので携帯を貸してくれといったら本当に使わせてくれた。
余談ですが最近も大きなトラブルが有ったラガーディア空港はニアミスが多く、いつ事故があってもおかしく無いそうで、なるべくこの空港は使わないことをお勧めします。

NYの2晩とも日本に居る時のように人々に会いよく飲んだ。

でもここでもトラブルが有り、マンハッタンの最南端(例の世界貿易センターの近く)の友人のオフィスの帰り、タクシーを拾おうとしたがなかなか拾えず白タクに捕まってしまった。
危ないと思いながら「安全か」、「いくらか」と話をしたら、車の左の安全マークは「安全の証拠」(これが一番だまされ易い)だと言う。(安全と聞くほうも聞くほうですが)
49丁目の通りまで来て$16と念を押すと$25と言う。しかも追加$10と言う。信号で偶然止まったのでドアのロックを自分で外し$25を渡して飛び降りた。持っていた小銭を全部取られる所だった。32丁目から友人のオフィスまでイエローキャブで$25だったので少し得したことになるのですが、NYは本当に安心してはいけないというか油断できない街です。
皆さんも気をつけて下さい。

今回も泊まっているホテルはNYの中では最も安く安全なホテルだと思います。特に韓国人のリムジンがいつも止まっているのでラガーディア空港へもフラットレートで$45でチップも要らない。

(今、ラガーディア空港で飛行機を待ってますが、初めて、エコノミーからビジネスにアップグレードされないようで少しがっかりですが、(今ワシントンのダレス空港で直接交渉してビジネスにアップできました)これが今回の悪運の終わりだと思うと少しサバサバした気持ちになってます。)

昨夜会食した古い友人と2人で2次会に行ったのですが、Face to faceと贈り物について改めて認識を新たにしたと言ってくれたのがとても嬉しかった。
ほとんど1日だけのNYでしたがブロードの名前のいわれであるBroadwayを又、見に来なければと強く思うのでした。
腰痛のままの仕事で少し大変でしたが、宿題だった「日本を愛する心」は何かについていくつかのヒントを貰った旅でした。

追)今、日本に居て悪運はあの白タクのドアロックを外して外に出た時に終わっていたようです。
土・日では時差ボケを直そうと乗馬クラブに通いましたが、快晴の中かえって疲れたようです。
でも壊れた腰がずい分良くなって来て素晴らしい夏を迎えられそうです。今年の夏はどこへ行こうかといまから楽しみにしている姫野でした。

以 上 

 
ついにここまで来ました!
 2007年02月27日

今2月27日午前4時を少し回ったところです。場所はロスから車で15分程南へ下ったトーランスにいます。
ここは日系の人々から言うと日産やトヨタが有る古いなじみの場所です。
今から17年程前に初めて友人の紹介でトーランス・マリオット(当時は、朝日本食を出してくれるお店も中に有り、日本人がたくさんいました。)に泊まって友人の友人を紹介され、それ以来何度か来ているのですが、最近ロスの南でのソフトメーカーと縁がなくなり(契約もない)久しぶりに懐かしく、もう1人の友人(2度目の海外勤務)にも会いたくて来る事にしました。最初は懐かしのトーランス・マリオットに泊まる予定だったのが200$近くもするので友人から紹介されたEntended Stay Ameri'caに泊まる事にしました。マリオットの通りをはさんだ所に有り、1泊$99(税別)が売り物で結構ビジネスマンが利用しているとのことでした。
長年の夢(?)であった旧ヤオハンでステーキや美味しそうなものを大量に買って来て自分でも調理して食べようと楽しみにしていました。
ホテルは本当に何も無く、シャンプーなども無く「セッケン」がフェースとバス用の2個有るだけで、バス栓も無くいかにもアメリカと言った感じでした。当然部屋やホテルの説明書きも無く「シンプル イズ ベスト」が看板のようです。
でも、とても大きな冷蔵庫と2つのレンジが調理台と鍋やフォーク類、電子レンジ、コーヒー沸かし、トースター等が有りました。
ベットもダブルベットで結構硬く、ギシギシ音がする以外は部屋も広く満足できる内容でした。

ここまでは予定通りだったのですが、何と23日(金)の夜に財布をお店のカウンターに忘れてしまい、気がついたのが24日(土)の朝3時でお店に朝9時半に電話して(出来て)無理やりお店に出てもらい調べてもらったのですが、全く出て来なかったのです。 中には渡米前で銀行カード3枚、クレジットカード7枚、運転免許証、保険証と現金10数万が入っていました。

紛失届けを警察に出すやら、すべてのカードを停めてもらう為などで午前中はテンテコ舞いで、午後楽しみにしていた乗馬もキャンセルしました。
航空会社もE-チケットなので、カードが無いと確認されないので電話で相談したら直近の請求明細書とカードのコピーを提示してくれればOKとのこと。
でも、さすがレンタカーは日本の運転免許証等現物が無いと駄目とのことでキャンセルをしました。
ロス空港に着いたのが午前8時半過ぎでホテルに9時半には入ってましたが、TAXIだったのです。
今まで息子に「財布を落とすなんて考えられない、お金を拾うことこそ有れ落とすことなんか!」なんて財布を無くした時言っていたことを思い出し、いよいよ自分で「穴が有ったら入りたい」の気持ちがよくわかりました。

忙しい中、最後の金曜日に山鯨というか、両国にある300年程続いているイノシシ鍋のお店(ももんじゃ)を予約してもらって楽しみに行ったのです。
イノシシ鍋、シカ刺し、シカの唐揚げ狸汁がついたセットを頼みとても満足して次の店へも行かず帰ってきて、翌朝財布の整理をしようと午前3時におきて鞄を見たら無かったのです。
とても高くついたイノシシ鍋でした。
幸い(?)カード類は一切使われていなかったのですが、日本へ戻って手続きが大変ですがすべてを無くして何となく吹っ切れた気持ちになりました。
そんなこんなで、今回楽しみにしていたロスの出張はすべてタクシー(ロスというか西海岸では車が無いと全く動けない)ということになり、こんなレポートを書く羽目になったのです。

2年程前に「サンタバーバラの蟹」で書いたのですが、今週後半には又「サンタバーバラ」へ行くのですが、今度は二度と忘れ物をしないようにしないといけません。
一言で言うと「やはり年なんだなぁ!」
皆さんも気を付けましょう!

一生忘れられない「シシ鍋」となりましたが、ここのイノシシは近畿で取れたのをすぐに冷凍して一年分使うのだそうです。
不思議だったのは煮込めば煮込むほど肉が柔らかくなるのです。
最後に「うどん」を入れて食したのですが、結構朝までお腹にたまっている感じで胃腸に良いかどうかはちょっと疑問でした。
一回は食べる価値が有ると思いますが、みの家の「さくら鍋」や駒形の「どぜう鍋」のほうがお勧めかもしれません。
(朝のお腹の空き具合で夜の食べ物の良し悪しを見ていますが食べ過ぎの時もありますのでなんとも言えません!)

以 上 

 
2007年のNY
 2007年01月28日

新年早々NYへ出張して来ました。
1月17日(水)に出て21日(日)に戻って来ました。
わずか3日間の出張でしたが内容の濃いものとなりました。本当は12月に行く予定だったのですが、準備も有り新年早々となったのです。しかも米国のAirlineがNYの直行便が無くなり、(理由ははっきりしないのですが不心得者を乗せると1人40万円の罰金がAirlineに課せられるなどが影響しているようです。)
年末にANAを予約したのですが、帰りの便が取れずにANAの知り合いに頼んでやっと確定できました。

今年のNYは異常気象で12月末に22℃を記録するなどとても暖かかったのですが、15日頃より大寒波が来て最低-8℃、昼中も-1~-2℃と言うので何を持って行くか大変迷ってしまった。(17日にはアメリカで40人程寒波の影響で亡くなったそうです。)
わずか3日間なので小さなバックでも良かったのですが、NYの古い代理人兼友人がこの前差し上げた日清の「小うどん」がほしいと言われたので12個持っていくことにした。
(もっともレベルの高い人なのでほしいといわれた訳で無く、前回のNY出張の折、自分の分を2個差し上げたのをえらく気に入られ、12月に日本でお会いした時どこで売っているか聞かれたのですが、この「小うどん」に限ってどこにでも売って無いようで今回チャンスだと思って持って行った。)
そんなこんなで荷物も多くなり、いつもの大きなバックを持って行くことになった。帰りは「大阪コンピュータ運用を考える会」の10周年記念も3月に開かれるので、面白そうなものを買うことにした。

初めてのANAでとても快適でしたが、アメリカのAirlineに慣れてしまっているせいかサービス過多でビジネスマンとしてはゆっくり休ませてほしいと思うところもいくつかあった。「小さな親切大きな迷惑」と言ったところかもしれない。
NYには17日の朝9時半に着き(成田朝11時出発)10時半にはホテルに着きアーリーチェックインも無料で部屋に入る事が出来た。
気温は0℃で昼散歩してたら耳が痛くなり、何十年ぶりにスキー場を思い出させてくれた。

今回は2つの日本のソフトウェアパッケージをアメリカの古い取り引き先に売り込むことが目的でしたが、3日間で20人程の人と会い、夜の部も多くほとんど日本にいるような時間の使い方だった。
両方の製品とも第1ステージではクリアしたようなので、次のステップに進む事が出来た。
元々金曜日は予備としていたのが大当たりで、この日が無かったら両方ともうまく行かなかったもしれない。
いつもタイミングと偶然性には驚かされるが、何かいつも付いているようで本当に嬉しい。 又、NYの友達関係も大いに広まった気がする。
次のNY出張が楽しみです。

話はガラッと変わりますが、昔から海外の飛行機でトランジットすると鞄から貴重品を抜かれるケースが多々有ったのですが、最近はゲートのセキュリティのチームが平気で高価な時計などを目の前で盗むケースが多発しているとのことです。
私は元々時計を持っていないので心配はいりませんが、海外へ出かける時は無くなって良いと思う物しか持って行かないほうが良さそうです。
日本では考えられないアメリカの病魔を見た気がします。(世界的?)
日本の安心・安全を世界に誇れるように日本も努力して行かなければいけません。
今回は寒かったせいか空港での強引な白タクの勧誘は有りませんでしたが、皆さん海外出張や旅行に油断は禁物です。
お互い気を付けましょう!

今年は久しぶりに海外出張が多くなりそうです。(2月末にも西海岸に行きます。)
体力の限界に挑戦しているような気がしていますが、何とか夢である日本からのパッケージ輸出を1つ1つ成功させ、日本のIT業界の礎となれば幸せだと思っています。
今年一年新たな気持ちで頑張りたいものです。

以 上

 

 
NY余話
 2006年09月30日

今回のNY出張の余談をUPさせていただきます。
前回NYマンハッタンの街並みにFor RENTの看板が目に付くと書きましたが、禁煙の徹底で、東西のストリートでビルの前でたむろしてタバコを喫っている人が多く、歩いていると結構その臭いでむかついてくる。
ビルの中は全館禁煙なのに外で喫っていいとは片手落ちで、ビルの中に必ず喫煙ルームを作る事をすべきで、外にたれ流しは良くないのではと思った。
とにかく喫わない人の前で喫う人の気持ちがわからない。
日本人の男性は特に自宅で喫えないので、お酒の席になるとどこからともなく灰皿を持ってきて喫う。精神的に弱い人が多い。(特に退職者は注意すべきである!)
最近お酒を飲んでの車の事故が多く、マスコミでは「日本人の酒席での悪癖」とまで言っているようだが、私はあくまで「お酒は百薬の長」だと思う。
どうも日本人は自己管理、自己責任という物を考え違いしているような気がする。
日本が世界で生き残るには(おおげさですが!)法律全般の罰則規定を大幅に強化し、体罰(道路清掃など)を含め良い日本人と悪い日本人を明確に分けて、社会的管理を行うべきと思っています。
そういう意味で警察官の質とレベルを大幅にUPし、住民と密着した体制に変えるべきと思います。(今の状況では大きな地震が来るとどこに誰がいるかもわかりません。)
日本の安心・安全・助け合う心を取り戻す事が一番良いことと考えます。

いつものことですが、かなり脱線しました。
本題ですが、今回NYで、世界に国産ソフトを売ろうと努力している社長と会食しました。 この会社は日本ですでに上場していて、お会いするのを大変楽しみにしていたのですが、何回か書いている「レストラン東京」でお会いしました。
日本ではとても有名な方なのですが、NYではただのおじさんとして生き生きとして働いていらっしゃいました。
3人で4合瓶の焼酎を2本空け、日本人専門の高級(?)バーへ行きました。(1次会は私が、2次会はその社長が支払いました。)
NYの私の20年来の代理人兼友人兼?の方を紹介するのも大切なことだったのですが、紹介したとたんその社長は「NYの貴公子」と言う渾名を付けられた。
NYに30年以上住んでいて(奥様はイタリア人、当然家では英語が共通語となる。)顔が崩れていない。この人は誠実で性格も良いと言われたのにはとても驚いた。
近頃「国家の品格」が話題になったが、「個人の品格」をここで訊くとは思わなかった。
皆さん私の少しずつ先輩で、しかもその社長の「蛮勇」は有名で週刊誌などにも何度か出ているのだけれど、人の本質を見抜かれて「基本的にどんなに仕事が出来ても性格の悪いのはだめ!」とことあるごとに言われるのには本当に驚いてしまった。
これは大変私には貴重であり且つ、忘れそうになっていた大切なことを思い出させてくれた時間でした。
会社は一時的なもので無く「続ける事の一番大切なものは続ける為に忘れてはいけないこと」を改めて教えてもらったような気がする。

こんなことを書いているととても固いような人物達と思われるかもしれないが、この社長「美人の女の子」が隣につくと「くどく くどく」
「一億やるから・・・。」さらに「やあ姫野さん銀座は狭すぎるよ。すぐ週刊誌に載るから」 なんて大笑いしていた。
こんな時間はあまり得意?ではないので1人先に帰った。(本人には邪魔しないからもう一押ししてくださいと言っておいたのに、すぐ帰られたようだ) でもいい女だったなあ?(一回しか見ないからかな?)

この社長のソフトも私の米国の取引先で扱わないかデモをすることになりました。
その他日本のソフトをいくつか紹介することになり、長年の夢が花咲くかもしれないと思っています。
何か、米国人がIT業界にソフトウエアのアイデアと販売に抜群の力を持って世界の市場を席巻していたが大幅な輸入国に変わって行くような気がしています。
日本・韓国のアジアやイスラエル・ヨーロッパなど品質の良い物がアメリカ市場を席巻する日も近いかもしれません。
今回はそれがスタートする大きなタイミングだったような気がしてます。
何か新しい世界に足を踏み入れられた-私にとってはまさに「乗馬」の一世界?です。

NYからの帰りのユナイテッドは出発する間際になってトラブルが発生し、2時間飛行機に缶詰めで説明も無くスチュワーデスが自分たちだけコーヒーを飲んだり何かつまんで食べていた。日本では全く理解できない。
そういえば日本からの飛行機の席をいきなり変更されたのでなんだろうと思ったら、クルー用にビジネスのシートを連続して専有させるためであった。
こんないい加減なサービスでやっている限り赤字は解消しないだろうとつくづく思われ、やはり社員の教育とサービスの質の向上をいつもやらないと会社の価値はどんどん下がってしまい、いずれ「そう言えばそんな会社もあったねえ」と過去の話となってしまう。
そんなこんな良い勉強になった旅でした。

おわり 



9.11のNYから
2006年09月14日

どういう訳か今週月曜日の9月11日にNYへ出張することになった。NYの取り引き先のアポが12日(火)の午前中ということで前の日の月曜日にしただけだったのに9.11とは直前まで気がつかなかった。近頃土日は乗馬クラブへ行く事を日課としている為、ちょうど良いとしか思ってなかったのです。

案の定、飛行機はガラガラ。エコノミーからビジネスにUPしてもらっているが、たぶん半分以下しか乗っていないようだし、ビジネスマンらしい人はほとんどいなかった。
そういう意味では左右の席に人もいなくゆったりした気分で快適であった。
毎度何か忘れ物をするのだが、今回は1週間前から荷物を出して旅行前日にTSA Lock対応の新しいACEのカバンを買って「たまプラーザ」から成田行きのバスを予約しておいて、20年ぶりくらいに自分の車で行かなかった。

【30年程使っていたサムソナイトのカバンを1週間程の海外旅行では使っていたのだけれど、さすがにキャスターがだめになっていて、空港などで引っ張っていると物凄い音がして、回りの人が振り向くほどでした。
一緒にいる人が「買ったら」と言ってくれていたのだけど、何となく捨てるには愛着があって次回次回となっていた。
今回「たまプラーザ」に車を置いて行き、成田行きのバスに乗り換える必要が有り、ついに出発の前日に決断(?)をしたのでした。
軽く、キャスターの回転も良く、こんなに進歩しているんだと(30年も経てば当たり前?)思うのと、サムソナイトとACEが契約を終了した意味もわかるような気がした。業界ではTSA Lock対応のACEのカバンが飛ぶように売れているようです。上場しているなら買いでは?】

それでも、すべてOKと思っていたら、NYの天気をチェックするのを忘れていて、NYは暑いという先入観でほとんど何の用意をしないで本人もカバンの中も夏の服装で行ってしまった。NYへ着いた当日は何と55F(12℃)翌日の最高気温72F(22℃)。ホテルでは当然暖房も効かず明け方は寒くて目が覚めるのでした。それでも起きたのが5時半なので、日本とほとんど同じペースで過ごすことが出来た。
9.11の影響はNY市内では全くなかったようですが、今回NY市内を歩くとあちこちに For RENTの看板が有りNYのリセッションが始まっているのが実感された。

話は飛びますが、皆様気を付けましょう!
快適な旅をしてJFKを出てタクシーに乗ろうと思って右に回ってイエローキャブに向うとする所で数人の白人達に声をかけられ、ホテルを言わされるとまっすぐ行けと言われ、荷物を取られそうになった。危うく数百$取られるところであった。イエローキャブの運ちゃん達がニタニタ笑っていた。昔はこんな場所でこんなに強引な事はなかったのにと思い、またまた景気が悪くなっているのかなあとすべてそういう方向で自分が思いたがっている気もした。
でも皆さん充分に気を付けてください。荷物を取られたらおしまいですよ!

仕事は順調に終り、久しぶりにNYの街を歩き回った。相変わらず有名百貨店のサックスでは高級品($200~)に的を絞っているようで$500~$1000クラスの製品もたくさんありました。毎回必ず行っているブルックス・ブラザーズの本店で3枚20%引きのワイシャツを買う。又、前回お世話になったレストランTOKYO(NYで40年になります)のオーナーに挨拶することも出来た。多分NYで唯一の日本の味を生かしたお店だと思ってます。この店がマスターズの日本食を一手に引き受けていることは知っている人は少ないと思いますが、是非NYへ行ったら寄って見てください。値段も格安です。

今14日の朝3時ですが、NYの問題は何と言ってもホテル代の高さに有ります。私の泊まっているのは韓国村のホテルですが、$180/日です。他のホテルは一日$400~600。しかも、とっても狭いのです。
このホテルの近くにスーパーが有り、韓国食材と日本食材をたくさん売っていて、今回も納豆を買って毎朝食べてました。
安いホテルですが唯一の欠点はエレベーターが一基しか無くとても遅いということです。
今いるのが一番上の12Fですが、極悪歩かなくてはいけないのです。すべて時間に余裕を持って行動しないといけません。今回は「足首の骨折」からあまり時間が経っていないので、無理しないようにしてましたので、会いたい人や行きたいところはアポを入れないようにしてました。
何度か2時間ほど連続して歩いたせいか、右足は良くなかったですが、これでかなり自信(NYは良く歩きます)にもなりました。
9/13のNY紙に松井の「Happy Return」のカラー写真が一面で載ってました。デビルレイズ戦に4打数4安打してのことですが、松井もこれでNY市民として認定されたかもしれません。
次回のNYがとても楽しみになって来てます。

おわり 


久しぶりの海外出張 Ⅱ
2006年07月15日

 後2時間程でサンディエゴのホテルを出発する時間ですが、昨日面白いことが有ったので記します。
ブロードのアメリカの代理人は外人を含め5人程おりますが、その中の1人がサンディエゴに事務所を持っているので興味が有って見に行きました。
大変古いビルでしたが、ベンチャーのビジネス支援をやっているようで小さな事務所と共通スペースがうまく用意されていました。
打ち合わせ後、お昼を食べようと言ったら、この人(62才?)から、ブラジル料理をと言われ、とまどったのですが、行くことにしました。
ビュッフェ形式で14種類の料理を自由に食べて$14/人でした。 ガツガツ食っていると、長い串に刺したいろんな肉を別のテーブルにさかんにサービスしているのに気がついた。
お腹がいっぱいになっていたのでそれでも不思議な気がして聞いてみると何と、テーブルの上にある赤と緑のコショー入れのようなものが有りそれでサービスが変わることがわかったのです。
肉のサービスをしてほしい人は緑を上に、ビュッフェだけで良い人は赤を上にしてテーブルにおいておくのだそうです。
ビュッフェだけの料金になりましたが、最初から知っていたら、たくさんの肉を食べられたのにとても残念!!
ビュッフェでおいしかったのは、日本の「肉の煮込み」のようで、汁が、ブラックビーンのものが一番口に合いました。 黒っぽくてあまり人気が無いようでしたが、身体にも大変良さそうでした。 お腹一杯食べて、これでは減量どころでは無いと思いました。

6日間も同じホテルにいたのですが、生活は日本にいる時と同じで、朝4時頃には起床、色んな整理をして、体力回復もかねて新聞や本をかたっぱしからバスに持ち込んで腰湯に30~40分入っています。 結構集中して本などを読めるので自分の大切な時間でも有ります。
今回も唯一日本から持ってきた読み難いハーバードビジネスレビューが出している「意思決定の技術」を読みきることが出来ました。
なかなか面白い本で少し高いのですが(¥1800+税)ビジネスの上級を目差す方は是非一読ください。
この4時間程が自分の自由になる素晴しい時間で日本にいる時は娘達(犬)が「散歩へ行こうよ、散歩に行こうよ」とスキ有らばと目で言っていて、そのかけひきが?なんとも言えず楽しいのです。
近頃上の娘が「ねごと」を言うことがあり、かなり年を取ってきたのかなと心配してます。

話は飛びますが、ブロードの20周年を前にブロードとは何だろうと考えてみることが多く、偶然から情報セキュリティ分野に入り、何とか生き延びている現実を見て、「ブロードはオーナーシェフ」のお店と思うことが多くなってきました。
カウンターで10席程、机が2つぐらいで仕入れからお客様まで全責任をオーナーシェフが持つ。 シェフ本人が満足してお客に喜んでもらえる店。 社員でそんな考えができる人が増えてくれればブロードもオーナーシェフの集まりとなって楽しくなるのではないかと思っております。

サンディエゴからサンフランシスコの飛行機が1時間も遅れ、しかも小さな飛行機になって座席の予約も取り消されてしまった。 飛行機はかなりすいていてのんびりした雰囲気でしたが、319という古い飛行機で着陸する時このまま壊れるのではと思うくらいでした。
昨日立ち寄った本屋で犬と馬のとても大きな厚い本2冊(2kg/一冊?)を定価の70%offで売っていてつい出来心で買ってしまった。そのせいか重たくて古いサムソナイトのカバンがひどい音を立てながらなかなか前へ進まなくて、ひどく汗をかいてしまった。
ユナイテッドの国内チェックカウンターへ行ったら、タッチパネル式になっており、また汗をかいてしまった。荷物も66ポンド位だったがクレームもつかずほっとした。

今回初めてユニオンスクエアの「クラウンプラザ」(いつものヒルトンは高すぎると言われてしまった。ヒルトン$350/日、クラウンプラザ$230/日)に2泊することになった。
25階の海を見渡せる良い部屋だったが、3時までチェックインできず、荷物を預かってほしいというとなんと部屋を決めてくれて、ボーイが荷物を持って一緒に掃除の終わっていない部屋に入れてくれて荷物を置かせてくれた。
このホテルは古いのと聞いたら、まだ40年程という。 サンフランシスコらしいなと思った。(あのゴールデンゲートブリッジが出来て100年経っているわけだから)
ユニオンスクウェアは1年ぶりぐらいなのに、お店や情景が大きく変わっていた。 日本より大きく変化しているようで驚かされた。
サンフランシスコでは、パル・アルト近くのまだ出来て間がない会社を訪問。
設立してから4年だが、ユーザーは100社程で、なんと社員の半分の開発メンバーは(80人)すべてインドのデリーにいるとのことでした。
すでに100社程ユーザーを持っており、これからの発展が期待される企業だが、すでに日本の代理店を持っており、先端の日本の流通業者に納入するのだと聞かされ、米国の裾野の広さに改めて驚かされた。
次のブロードがほしいターゲットだが、今までのような総代理店的な発想では難しいようで新しいビジネスモデルを作る必要が有ると思われた。
でも、大変楽しい時間で有った。
日本(成田)4時半着という非常識な飛行機(しかも金曜日)で日本に着いたらまだ梅雨が明けておらず、車を待っている10分くらいで汗びっしょり。
高速に乗ったら1時間60ミリぐらいの雨に当たり、このまま事故になるかと思われるくらいだった。 それも10分位だったが、高速がものすごく混んでいて、仕方なく横浜経由第3京浜の都筑で降りる。
約3時間かかった。 さすがに車の運転は疲れるが荷物のことを考えるとこれが一番楽で有る。 車庫に入れて軽いものだけ持って、明朝息子に重たいカバンを家に入れてもらうことにする。

久しぶりの海外出張(とは言ってもプライベートでは何回か出かけています)で、やはりアメリカのダイナミズムを感じ9月には東海岸へ行こうと思うのでした。

以 上

 


久しぶりの海外出張 Ⅰ
2006年07月10日

 久しぶりに7/5~15日までアメリカのサンディエゴとサンフランシスコに出張して来ました。
 全米№1の過ごしやすさと治安の良さが売り物のサンディエゴは運港の町として知られ、なんと4隻の空母が湾内に停船しているのは、ただただ驚きというか「壮観」でした。
いつも初夏のようで、高速道路は、赤、白、ピンクの「夾竹桃」が咲き乱れておりました。

3年前に有名な「トロリーパインゴルフコース」でゴルフプレイをしたことがありましたが、今回も有名な「ラコステ」でプレイをさせてもらえました。(ゴルフ好きの人以外価値はわからないと思いますが)レンタルクラブを入れて1人200$ぐらいですので安いわけではありませんが、日本のゴルフ場と比較しても「ひけ」を取らないと思います。
今回は、アメリカ人、イギリス人、フィリピン人と国際色豊かでしたが、私くしが一番ドライバーが飛ばず、苦労しました。
近頃ゴルフより「乗馬」に趣味が変わりそうで、そんな中、ゴルフをやると右と左の「上腕?」が痛くなり、医者からの「年です」とにべもない一言に老いを感じます、何とかその痛みから脱出しようと身体のケアをするようになりましたが(ストレッチやスクワット)、何と言っても5kgの減量が絶対必要のようです。

今回もセキュリティ関連の新しい動向と新製品の発掘が目標でしたが、これからIT部門に対する厳しいルールと検証が時代の流れとして要求をされて行くようです。
逆に言うと、これでIT部門の企業内での地位向上と地位確保がされていくということではないかと思っています。

今回は移動が少なく体力的にはそれほど疲れませんでしたし、ホテルからダウンタウンまで5~10分で歩ける為せっかくのレンタカーも使わずじまいでした。
GASLAMPと呼ばれる通りには世界のすべての料理がそろっているようで、日本食もなかなかのものでした。特にシーフードは良いお店があり助かりました。
従って予定していた「DelMar」まで行って食事をすることもありませんでした。(本当は行きたかったのですが)

今は、サンディエゴのホテルでこれを書いているのですが、とても驚いたのは、ユナイテッド航空の食事が非常に改善されていて(マイレージのおかげでビジネスにアップグレードしています)今までのイメージを「払拭」する程でしたし、相変わらず満席なのにも驚きました。
日本航空も増資などしないで、自分たちの肉や骨を削ぐことをしないとパンナムの二の舞になるかもしれません。

まとまりがなくなりましたが、次はサンフランシスコのホテルからレポートしてみます。

以 上 


海外出張に行ってきました。
2005年10月08日

 9月25日(日)~10月2日(日)まで久しぶりに米国へ出張して来ました。8日間でしたが、今までの提携取引会社4社、新規3社を訪問しました。毎年毎回出張して「しんどい」と帰ってから思うことが多く、今回も今週は自分の身体では無いような気がしています。
 今日は土曜日で朝9時からプールへ行き、身体をほぐして来ました。今、早目のお昼を食べ南部線に乗って立川の「アミュー立川」で小三次の落語を聞きに行く所です。お昼は、一人で自分の得意のホットソーメン(当然大門ソーメンです)に朝 庭で取った「みょうが」のスライスに同じく庭で取った「柿」を食しました、なんとも幸せな気分です。
 もう少し楽な出張で、ゴルフをやったり、のんびり買物が出来ると良いのですが、いつも一人だと、ほとんど日本と同じリズムで人に会ったり、食事をしたりして、胃腸も身体もくたくたになってしまいます。特に出されると全部食べないと気がすまない年代の為。(断わること残すことが出来無いのと、どうしても、もう一杯いかがですかとか、もう一軒いかがですかと言ってしまう癖が直りません)
でも今回もいくつも楽しい思い出をもらうことが出来ました。
 ビジネス上では、ビッグヒットを飛ばしたことが有るデベロッパーと話をしていて、次に大きな計画とか構想が有るのかと聞いたら、今の時代そんなことでは変化が激しく間に合わないので、マーケティングに合わせた商品開発をしていると言ったのが大変印象深かった。ビッグウェイブの後は、なかなか次のビッグウェイブは来ないといった所か?(ビルゲイツが10年程前同じ話を日本でしていた)
又、米国の東1人、西2人の計3人と日本の姫野の4人で日本からのソフトの輸出を本格的にサーベーし成功をさせるべく話し合いが出来たのは最大の喜びで有った。最初は全員が手弁当とし、形になったら、利益を均等に分けることとする。これを読んで自社の製品を輸出したい方は是非「姫野」まで電話かメールをいただければ幸いです。
 一人はタフネゴシエーター、一人はリサーチャー、一人はIT戦略コンサルタントとして、自分は雑用全般。この4人がいれば怖い物無しです。

本来の出張目的は、サンライズの商品とサンセットの商品の両方を扱うことが出来そうで、本人としては結構満足しています。基本的にはSOX法がらみの製品のラインナップになると思います。

今回最大の個人での喜びはNYで36年も日本食をやっている「TOKYO」というお店へ行ったことです。地下の通路にマスターズの記念品がいくつかかけられていたため、かなり酔って精算した際、たまたま主人が居た為そんな話をしたらなんと、この店はマスターズの日本食の公式出店をまかされて10年程になるんだそうです。味つけは、本当に淡白で日本の家庭料理の味がして、妙に懐かしさを覚えるような気がします。
2、3会話をしていたら、いきなり、MLB(大リーガー)の公式ボールを持って行きなさいと言って頂戴してしまった。 あまりの突然に断わることも出来ず、「また寄らせてもらいます。」と言って宝物として日本に持ち帰った。こんな日本人がまだいるんだと、驚きと喜びとともにオーナー(60才なにがし)が元気で少しでも永くNYでお店を出していてほしいと本心から思うのでした。こんな日本人がたくさんいれば本当に楽しい日本が出来ると思うのですが。

何とか武蔵溝口から、西国立まで乗り過ごさず、このメモを無事書き終えることが出来たようです。
1週間も過ぎると又、海外出張に行きたくなるのは本当に不思議なものです。
是非いつか皆さんと 「TOKYO」に行きたいものです。

おわり 

 

サンタ・バーバラの蟹
2005年04月11日

今年は寒かったせいか春がいっぺんに来たようで、先週末で、桜も終りのようです。 8日(金)に、桜の下を歩いていると顔に痛い程花ビラが当たって、まるで歩道の上を花ビラの波があちこちと寄せているようでした。こんな経験は小学生(?)以来ずいぶん久しぶりでしたが、桜の木をじっと見ていたら、枝先に新しい葉がついているのに気がつきました。まだ花の多い所にはないようで、とても嬉しく思いました!

3月24日(木)から31日(木)まで西海岸へ出張に行って来ました。
普通の会社なら3月期末なのにという所なのですが、ブロードは6月20日決算の為、少しノンビリ出来る様です。
今回の出張目的は、ブロードの柱となりつつ有るセキュリティ製品の2社と今まで以上に強い絆を結び彼らの販売及びサポートノウハウを日本に移転することでした。
はっきり言えば、各会社のオーナのファミリーと認められることです。
2社とも設立されて20年近く経っており、しかもオーナ以外のベンチャーキャピタルが入っていない会社で、とても安心して付き合うことができるのでした。

いつもの車をあずける成田パーキングに行くと、何んと久しぶりに(5年ぶり)テニスの友人に会う。
こんなことが良く有るものだと驚きを隠せなかった。この彼は、奥様と孫8人とこれからハワイへ1週間行くのだそうだ。

相も変わらず飛行機内で食事をしてからすぐ眠るはずだったのだが、リチャード・ギアの「Shall we dance」をやっていてついつい見てしまった。でも6時間程熟睡したようである。サンフランシスコに着き入国手続きをすませて、ラスベガスの便に乗り換え1時間半程のフライト後お昼頃に着きました。
ここの会社は、IBMと共同でZ-OS用のセキュリティ強化ツールを販売サポートしており、狭い分野ながら、アメリカのほとんどのユーザが使用している程メジャーになっておりました。設立も18年前でブロードと同じなのですが、1週間程前に日本に息子夫婦が来て拙宅に泊っていったくらいファミリーな付き合いをしている会社でした。
今回は、IBMとどのようにうまく付き合っているか?どのように分担してセールスを展開しているのかを直接聞いてみようと思って訪問しました。
仕事は別にして、土曜日の午後から、この会社の2人とゴルフに行く予定だったのですが、社長がいきなり朝7時にホテルに迎えに来て、ダカール・ラリーに使用した車(実際は練習車)に乗せてやろうということになった。
小生は腰も悪いので辞退したい所だが、ここは逃げる訳にもいかず、乗せてもらった。ラスベガスの郊外にはF1(?)のテストコースがあり、その奥に、いかにもダカールラリー(テレビでしか見たことがありませんが)を思わせる変化に富んだコースがありました。砂のサバクと岩のサバクに大きく分かれているようですが、とにかく広い。隣が陸軍の基地でなんとなく緊張感がありました。

ラスベガス郊外のF1(?)テストコース   ダカール・ラリーに使用した車

この社長に車を何台持っていると聞いたら、何と16台、いや18台と答えが返ってきた。今回もハマー2台とトレーラー1台で有った。
(最近はAMGのベンツの55を買ったばかりらしく、先日の昼食時に乗せてもらったが、アメリカで16台しかなく、ラスベガスはこれ1台ということであった。ちなみに奥様はジャガー)
3時間も乗っているとあきて来て、かなり余裕が出て来た。砂漠は異常に寒かったけれど、なんとなくゴルフのカートを猛スピードで走らせたようで、あまりスリルは無かった。(もうたくさん!!)

やっと終って「Legacy」というゴルフコースにハマーで送ってもらったが、すでに30分以上の遅刻であった。身体も腰もバテバテでしかも慣れない貸しクラブ。前回は勝った相手だったのに3人のスコアーは81.86.88で姫野がドンジリでした。やはりゆったりした時間を持ってゴルフをしたいものですが、大変整備された素晴らしいコースでした。外人2人とも飛ばし屋で平均280ヤード程飛ばしており、とても勝負にはならなかった。次回は是非、日本でやろうということで別れた。(でも楽しい1日でした。) 5月に再度、フロリダでやれるかもしれません。

夜、社長から、ラスベガスのショーを見ようと言われており、6時半頃ホテルにもどってあわててシャワーを浴びる。7時半になっても連絡が無いのを幸いに外に出てラスベガスの中心を散策し軽い食事(イタリアン)をする。もし、社長につかまると、多分午前様となり身体がいくつあっても足りないことになる!

朝6時にホテルを出て、空港でサンドイッチを食べ、LAXに向う。今思い出しても昨日はヘビーな1日でした。何とか腰がもっているのが不思議な気がする。ロスに着いて、レンタカーを借り、1時間程でアゴラに着く。
午後3時頃出て、昔から行って見たかったサンタ・バーバラへ車を飛ばす。約1時間程走ってサンタ・バーバラに着き、自然の中に点在する素晴らしい家々を見る。(自然では無く、すべて人の手によると言った方が正しい)
沖には島が点在していて寒流が流れているせいか、霧がかかっている。ビーチの木の桟橋に車が入って行くので後を追ってみると、何と最先端が駐車場になっておりその回りに土産物屋や小さなレストランが有る。
いつも思うのだけれど、こちらには、集中することが少ないようで、駐車場もお店も丁度良いようである。何かいつも不思議な気がする。
その最先端のお店に入り生きたカニをゆでてもらう。中ぶりのカニ2杯で23$。白ワインと赤ワインを飲んでとても幸せな気分になる。カニの旨みというかあま味が何とも言えない。(バターでは無くレモンをもらうのがコツ)サンタ・バーバラの素晴らしい風景も相まって最高でした。ついでにそこの店の赤い蟹のマークが入った「Tシャツ」を5枚お土産に買う。
また1時間程のドライブでホテルへもどる途中、眠くなったのと、トイレタイムが必要になり、ウェンディーズに入る。目の前に2家族(なんと12人)がほんとにほほえましく食事をしていた。
1番下の女の子は1才半ぐらいだろうか?2家族の構成が良く似ているのにもびっくり。日本だとわあわあうるさいのに、とてもキチンとしている。しばらくながめていてもあきない程だった。日本語で話してもそのまま通じるような、ほっとした気持ちがした。
10分程で無事ホテルに着いた。 ところが、パスポート・お金etc.すべて入ったナップサックが無いのに気が着く。 普段、お金やサイフを拾うことは有っても、落とした経験が無い人間である。ひょっとして出てこなかったら、多分1週間は帰国できない。いや多分出てこないだろう。と思うと一瞬の内に酔いも眠気も飛んでしまう。(まして帰国の次の日はゴルフの約束)

あわてて、ウェンディーズにもどる。9時にお店は閉まってしまうのだが、すでに9時40分を回っている。もし今日無かったら?どうしよう~?
まだ掃除をしていて無理に入れてもらう。
あった。例の2家族がいたすぐ近くにナップサックの口があいたまま椅子にあった。
本当に海外では色々な失敗があったが、こんなの初めてでした。まさに一瞬の悪夢であった。
こんな大失態をするなんて自分でも自分を理解するのが難しいくらい落ち込んでしまった。
皆さんも気をつけましょう!でも本当に良かったです。(NYでは多分ダメだったでしょう)

サンタ・バーバラの近くにアゴラにあるもう一つの会社は、そのせいかかなり緊張して行くことができました。2日間ビッシリミーティングをして最後に社長を日本に引っ張りだすことに成功した。
どこへ行ってもやはり、顔を見て話をするのはコミュニケーションの基本だとつくづく思いました。
又、この会社は、犬好きな人が多く、会長はわざわざデジカメに入った犬を見せに来てくれた。
帰りに社長室の横を通ると、奥様と黒い大きなボーダーコリーがいました。この女の子がとてもやさしい目をしていて、奥様が自分の娘だと言っているのが自分と同じで、こんな会社なら長い付き合いをしたいと思えるのでした。
でも昨夜バッグが見つかって1人部屋で飲んだウィスキー(万一の為にいつもミニチュアビンを2本持ってます)の味は一生忘れられません。こんな年でこんな失敗をするなんて今だに自分自身信じられないのですが、これも「サンタ・バーバラの蟹」のイタズラかとTシャツの赤いカニを見ながら思い出しています。あなたも大丈夫ですか?  

蟹のTシャツ

おわり



最新米国出張レポートⅣ(2004年06月)
2004年07月21日

米国出張(平成16年6月4日~19日)

後書き

今回は比較的長い出張でしたが、今まで以上にたくさんの人々にお会いし、たくさんの楽しい思い出を作り残せたのではないでしょうか?いつも「一期一会」の気持ちで人なり場所なりを見ているのですが、毎年行く度に新しい気持ちになって帰ってくるのは面白いものです。昔から、よく言われる地球の反対側から自分を見つめ直せる時間を持っているのがとてもいいと思うのです。しかし今は,PCを持って行ってメールをしたり携帯電話を持たされてはそうはいかないかもしれません。 特に日本にずっと居るとつい最近あまり言われ無くなりましたが「日本の常識は世界の非常識」と言うかそんな類のことに良くぶち当たります。

しかし、最近に日本のITの現状と世界(主にUSA)のITの現状は、ほんとに差がなくなりつつあるような気がして来ています。 アメリカの「IT」のトータル予算とかその中に占めるセキュリティ予算などは日本と変わらないようでした。そんな話が聞けるのも毎年地道にツアーをやっているからだと思います。何かしら続けることに価値を見出せるのは楽しいものです。 (逆に見るとアメリカのITユーザが日本に近くなって来ている様な気もするのです)

今回一番驚いたのは、アメリカのエンロン問題は、9.11に匹敵する程、大きなインパクトが有ったようで、SOX法等具体的な法律的対応と企業倫理というか心の問題としての対応の両面でアメリカ社会を大きく変えたようです。 今までのようにバカの1つ覚えのような「IPO」と言う経営者はいなくなったといっても過言ではないようです。
最初にも書きましたが、つい最近NHKのお昼のニュースでやっとITのエンロン問題とか言われるA社のことを聞くことが出来ました。 何年にも渡る株価の操作をしてM&Aで競合各社を買収し、保守料を極端に吊り上げるビジネスモデル。 こんな会社が生き残るのがおかしいと思うのだけれど日本の三菱自動車などを見ていると、日本も大丈夫かな?と思わざるを得ない気がいたします。 最も、ITの巨人と言われるI社も一株当たりの利益を計算して、本社・各国の子会社の売上・利益の予算を決めていくビジネスモデルで有り、どうも、日本人としてはなんとなく納得が行きかねるのです。
世界に通用する日本モデルを早く作り上げなければと思うのでした。

おわり

 

最新米国出張レポートⅣ(2004年06月)
2004年07月16日

米国出張(平成16年6月4日~19日)

リノ-アゴラ編

朝7時のNewwark発のUNITEDでサンフランシスコヘ。乗り換えてリノへ。TOTAL10時間以上のフライドだった。席のアップグレードもされていなかったので、満席だと大変だったと思われたが、朝早いせいもあって、3人席に1人の感じで、とても楽だった。とにかく眠たくてよく眠りました。でもお昼を過ぎるまで、頭は痛いし身体が火照ってボーッとしておりました。
リノでレンタカーを借り、ワインの美味しいお店へ行き、ワインを6本程買う。明日は外国(アメリカ)のSE達とゴルフをやる約束になっているのに、雨が降って来た。夜8時頃にそのSEから電話があり、お互い楽しみにと言って話したのに朝4時に起きると近くの山の中腹まで雪で白くなっている。とにかく外は寒そうだ。8時フロントの約束だったが7時に電話が有り、どうしてもやりたいかと聞かれるが、結局中止する。午前中時間が空いたのでマシン(世界のコースをチョイスできる)を使ったゴルフの練習をやるが、ボールが跳ね返ってきて面白くもなんとも無い。
午後から大事な?社員が来るので迎えに行かないといけない!(午後からとてもよい天気となり、気温も上がって来て、外人組みは3時ティーオフでゴルフをやったようだ)まあ、日曜には、お客と一緒にやることになっているのでとじっと我慢する。
いよいよ明日からホストを中心として、セキュリティの世界の代理店会議が始まる。世界17カ国25社が参加していたが、昨年はドイツが、今年は日本が売上№1となり、表彰される。15年も海外製品をやって初めてのことだったので、とてもビックリしたが、来年も続けられればと心より思う。

リノは、ラスベガスの400Km程北に有り、有名なレイク「タホ」の近くです。ラスベガスは世界、リノは白人中心としたカジノと観光の街のようです、とても安全で落ち着いたところです。3年前にも同じ仕事で来たことが有り、ワインを買った同じレストランにそう言うととても喜んでくれました。昼と夜の気温差が激しく(20℃程)夜は気をつけなくてはいけません。ただ、着いた日以降とても良い日が続いて、ツアーメンバーの日頃の行いの良さが証明されたような気がします。
6月12日には、日本からのお客様もジョイントして楽しい(?)ツアーが始まりました。(ツアーやユーザ事例などはブロードのホームページをご参照ください。)
セキュリティユーザとのコミュニケーションが難しい為にこのようなツアーを始めて4年目ですが、その度に新鮮なものに会えるようです。私はミニバンの運転手兼ツアーコンダクターでしたが、ミニバンがガソリン100ガロン(400L)入るのにはびっくりしました。ところが、わずか1週間であまり走っていないと思っていたのに2000Km程走ったことになり2度びっくりでした。

6月16日(水)にリノからサンフランシスコ経由ロスへ移動し、リムジンを使って1時間ほど走ってアゴラhillsにUNIX/LINUXのアクセスコントロールで有名な会社があり、ユーザ見学と会社見学をしました。(ツアーとユーザ事例はブロードのホームページを参照ください。)今回は、私よりかなり若い方々と一緒だったせいも有り、あまり夜のお付き合いなどは遠慮していたのですが結構皆さんしっかりしているのでびっくりしました。
今回の出張で自分が日本でどうすべきかどう考えるべきかなどが明確になって来たようでとても良かったと思ってます。
この気持ちを持続して持ち続けられればブロードも1人前の会社になるような気がします。
来年は5月の連休明けにフロリダのオーランドで19回目が行われます。人生を変える?変わる?ツアーに是非皆様ご参加なさいませんか?

続く

 

最新米国出張レポートⅣ(2004年06月)
2004年07月07日

米国出張(平成16年6月4日~19日)

NY編-Ⅱ

古い付き合いの代理人の息子さんが結婚するというので、ご夫妻ともとても忙しかったようですが、面白かったのは、奥様が自分の息子は世の中と全てが逆だというのである。
普通は、仕事を決めて学校を卒業して結婚して子供を作る。それが、色々な訳があって、まず子供が出来て、結婚をして、学校を卒業して仕事を決めることになってのだそうです。
考えてみれば、これが本筋かもしれない(子供を作ることが!)と思うのでした。
タクシーで10時頃にホテルへもどる。買っておいたバドライトビールを飲みながら、バスタブにお湯を貯めてゆっくり入る。明日は朝5時半にホテルでピックアップしてもらい、楽しみにしていたゴルフに行く予定。何となく雨になりそうなのが気になりながら、12時頃に眠り、4時には起きてシャワーを浴びる。
眠る前に今日の準備をすべてしてあったのと、ゴルフ場で朝6:30~7:00まで朝食ミーティングをすることになっているので、やることもなく、5時過ぎにはホテルの狭いロビーで待っていることにする。道路には、韓国人を狙った白タクがうようよ!ほとんどが日本語が出来ないので区別が出来る。暇なので、NY市の観光案内などを見ていると、予定通りYさんが迎えに来てくれた。とても若く思えるが、40才くらい(?私の歳から見れば)であった。
Yさんは、ある会社のNY支社長だったのだが、なんと15年程前NYに来たときに私の大学の同級生がその支社長をやっていて、姫野という名前を聞いていたのだという。同じ人とは思ってなかったようだ。人の縁は面白くて、今回の主賓であるN商社に15年前、その同級生を紹介し、それが縁で今も取引が続いているのがわかる。やはり、「人にはやさしく、自分には厳しく?」というか、とても感激でした。車の中でそんなことがわかり、Y氏とは15年前から旧知のごとく親しくなったような気がしたが、その後Y氏がUSAにきた歴史を語ってくれたのがまた面白かった。

Y氏は中学生の頃インターナショナルという言葉にあこがれ、高校から是非アメリカに行きたいと思うようになって父親に話したが、一蹴されたこと。それで一生懸命勉強したり、いい子になった。ところが、なかなか海外との付き合いがなかったため、その機会が無かったのだそうです。
所が、中学3年のとき、母親が京王プラザホテルで困っている外人がいて、カタコトで世話をしてあげたのだそうです。その時自分の息子がアメリカに行きたいのだけれど、良い学校が分からないといっていると、ひょっとしたら良い話が出来るかもしれないといわれ、自宅の住所と電話番号を教えたのだそうです。(今ではとても考えられませんが)
実は、その外人は高校・大学の理事をしていたようで、しばらくして自宅に電話があり(面接に来るとの)、それが縁で高校・大学とアメリカ留学したのだそうです。
その外人さんは、後の大統領の補佐官までなられた方だそうです。何となくY氏とはこれからもIT業界で仕事をすることになりそうな予感がするのでした。

ゴルフは、7時からスタートでN社のVPとY氏とネットワーク関係の会社を経営しているS氏と4人で回ることになりましたが、曇時々雨のあいにくの日でしたが、とても楽しくラウンドできました。日本人向きのコースでしたが、貸しクラブの悪いのには驚きましたが、おかげで時差ボケは完全に直ったようです。

昼食の時ステーキがおいしいというので、たのんだのですが、日本のBSE問題に話が移り、NYの牛丼屋に日本人が喜んで行っている話があった。
又、「なぜ乳牛は乳がたくさん出るか?」という私の質問に全員答えられなくて、彼女たちはいつもお腹に子供を抱えているのだというとびっくりしてました。
20年前からアメリカでは牛乳に対する?が出始めていて、それを裏付けることになりつつあるのがBSEだと思うのです。私の知っている話では、肉牛にはBSEがないと考えていますが、どなたかご存知でしょうか?

だいぶ話しが脱線しましたが、帰りはマンハッタンまでS社長に送っていただきました。アメリカの日系企業の撤退で2年程前からかなり大変になってきているそうです。
年代も近いもので、独立系社長の苦労話に花が咲きました。スループレーをしてお昼をゆっくり食べて、話しをしたこともあり、マンハッタンには、3時過ぎに着きましたが、ホテルの風呂に入り、その後そのまま朝まで眠ってしまいました。

6/7(月)は朝4時に起き、快晴の中、1時間程散歩しました。昨日のゴルフがとても良かったようで体調も良いようです。
9時半に代理人の会社に行き、ブロード設立以来の長い付き合いの取引先に行きました。この会社はロングアイランドにある有名な競馬場「Belmont Park」の近くにあります。この場所には、2000頭を超える競走馬がおり、多分世界一の広さと馬がいるらしかった。このソフト会社の社長の馬もおり、中を見学させていただいたが、その広いこと広いこと!ソフト会社には、販売会社の社長1人と開発会社の2人の社長と3人が迎えてくれた。新製品を出す直前で緊張の中にも穏やかさが感じられた。

5時頃ホテルにもどり、17丁目にある有名はイタリアンレストランに証券関連会社の方々2人と食事をする。早く着いたのでカウンタで飲んでいると、小柄な日本人4人程が食事をしている。良く見るとゴルフでご存知の「丸山選手」の一団だった。翌週が全米オープンだったので、つかのまの時間だったのかもしれないが、あっという間にいなくなってしまった。
このレストランの本店は元々原宿にあったのだが、バブル後ここだけ残ったのだった。何となく昔と味が変わっているような気もしたが男3人で食べていれば「さも有りなん」です。相手?(自分)もかなりお酒が好きな方で、朝4時にホテルを出なければいけないのがわかっていながら、2次会に行き1時過ぎまで飲んで、ホテル(歩いて20分程)へもどったのが、2時。3時に起き、2日酔い(当日酔い?)のまま4時にチェックアウトする。頭がボーっとして、ホテルで呼んでくれたリムジンでNewwark空港に向かう。リムジンは65$で25分程で着いたが、頭がボーっとしているせいか70$しか渡さず、相手がぶつぶつ言っていたのも気にせず降りてしまう。後から10$は支払うべきだったと後悔するが、後の祭。次回10月に同じ人に会えたら2倍払うことにしよう!

続く

最新米国出張レポートⅣ(2004年06月)
2004年07月05日

米国出張(平成16年6月4日~19日)

NY編-Ⅰ

少し遅くなりましたが、6月の米国出張の報告をさせていただきます。今回は成田からNY、NYからサンフランシスコ経由リノ、リノからロスの15日間の長旅でした。
毎年6月はアメリカでセキュリティEXPOが有る関係上渡米することが多いのですが、丁度梅雨時期の為密かに楽しみにしているところでも有ります。
ただ経営者としては、ブロードが6月20日決算の為、出張は迷うところなのですが、上場する気持ちでも無いので「まあいいか」と自分の腹を決めて毎年出かけている訳です。(今回もあとで大きな付けが回ってきましたが)

NYはブロードの会社名の発祥の地【BROADWAY】であり。今回のホテルも隣が6丁目とBROADWAYが交差しているロックフェラーセンターのすぐ近くの韓国人街のホテルに4泊しました。ホテル代が$170でSWEETでしたのでとてもゆったりとして落ち着いた感じでよかったです。特にすぐ近くに韓国人用の24時間オープンのスーパーがあり、韓国製品だけでなく日本製の食料品が多いのも助かりました。日本でも朝必ず納豆やヤクルトを飲むのですが、少し品物は違うのですが、同じことが出来、とても胃が落ち着いたものです。

6月4日(金)7時頃にホテルにチェックインして8時、一部上場の有名な会社の3代目(36歳)の方と食事をする約束をしておりました。縁があって彼を知って一度ゆっくり食事をと思っていたのですがなかなか時間が取れず今回になりました。3代目を継がず、NYで奥様と2人頑張っている背景が何となく気になっておりました。
お会いするのはまったくの初めてだったのですが、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。所々に生まれの良さの片鱗を感じさせると同時に将来何かをする人だろうと思ったのでした。さすがに11時には眠たくなり、2次会へ行かず、すぐホテルへ戻り気が付いたら朝4時でした。
5時には起きて、1時間程ゆっくりお風呂に入り土曜日の時間を楽しみました。ホテルの1階の韓国料理が美味しいというので、入ってみると韓国語のメニューしか無く、しかも英語がほとんど通じ無かったので、困ったのですがウェイトレスが私の困惑を見て、絵で説明してくれてやっと、ビビンバ入りのお粥を食べることが出来ました。以前なら必ず日本語メニューがあったのに、いかに日本人がNYから減ったかの1つのいい例でしたが、他にも同じようなことが感じられました。特にNJのSONYがサンディエゴに移転するのは、その最たるものでした。

午前中に楽しみにしていた、ブルックス・ブラザーズ本店での買い物に出かけ、カラーワイシャツ3枚と白のワイシャツ3枚を買う。お土産のゴルフボールを買ったり、たっぷり3時間ほどのショッピングを楽しむ。
午後からもう15年以上もNYの代理人をしていただいている方の自宅を訪問。つい最近86丁目近くのマンションを購入したとのことで初めて行く。セントラルパークのメトロポリタン美術館近くのマンションで80㎡ぐらいしかないのに1億円程で、NYではこれが普通とのことでした。奥様はイタリア人ですが、「会社は無借金だけど、ここはローンなの」と言う。金利は6%で安いほうだというが、日本は1%だというと目を丸くしていた。
セントラルパークを散歩しようというので1時間程歩く「IMAGIN」と書いた墓碑が有り、道路を挟んでジョンレノンの最後の住まいとなったマンションがあった。両方ともNYのツアーに組み込まれているようで沢山の人だった。

散歩の途中、今NYではエンロンの問題以降、急速に資本至上主義の反省が出ており、精神的にも法律的にも倫理観がとても強くなっているとのことでした。
そういう意味ではITのエンロン問題と言われれているCAについて、代理人が大変なことになるだろうというのが理解できなかったが、初代オーナと2代目の社長も、これから長い裁判と投獄の可能性も大という見方に驚いた。ITにあまり関係無い代理人からCAの事を聞くとは思っても見なかったが、NYのいくつかの会社で同じような話を聞いた。アメリカのベンダーではお客を契約する時CAには会社を売却しないと一筆取られるケースも多いという。アメリカのダイナミズムというか自浄力ある資本主義を感じた。
日本の「三菱自動車」なども、日本のマスコミや社会はあまりに手緩いと思われました。早くしないと中にいる優秀な人々が死んでしまうだけで無く、日本の資本主義の危機だと思えるのでした。

続く


最新米国出張レポートⅢ(2004年02月)
2004年02月12日

3泊5日の米国出張(平成16年2月8日~12日)
2月8日(日)から3泊5日で米国へ出張してきました。 毎度のことながら、直前まで予定が決まらなかったのですが、(いつものユナイテッドのマイルアップでビジネスに乗るつもり)なんとなく米国系の飛行機に乗りたくない気がして、前日に初めてのタイ航空のビジネスに変更しました。(ユナイテッドのエコノミーと同じプライス)所が、これが帰りにとんでもないことになるとは思いもしませんでした。
8日の12時半に自宅を出て、いつものパーキングに車をあずけて、2時には成田第2ターミナルにおりました。2時45分に格安チケットを入手。アッパーデッキの通路側シートを予約したのですが、ここで初めてタイ航空もスターアライアンスに入っており、ユナイテッドのマイルが加算されました。あまり変更の価値がなかったかなと思いましたが、チェックインをJALが代行していて変な感じでした。隣も空いていて楽な旅でしたが飛行機は何となくJALの中古かなと思えるようなシートなどで、サービスのやり方はユナイテッドと全く同じでした。
この飛行機は、タイのバンコックから成田経由-ロス便でアッパーデッキは白人がほとんどで、タイ人が数人、日本人は私だけでした。(帰りも同じ)
食事後、3時間ほど爆睡したのですが、どうもアイマスクのゴムが小さくて、顔に汗をかいてしまい、到着3時間前には目が覚めてしまう。なんと朝食に果物とラーメンを食べる。面白い組み合わせと思ったが、タイの人は同じ物を食べていた。予定よりも30分程早くLAXに着くが、どう見てもいつものユナイテッドと(前の案内画面で見る限り)、飛ぶコースが違うようだ。(ほとんど真東に飛んでいる。)
いつも思うのだけれど、飛行機が着いてから、ゲートにはいるのに、こちらの飛行機はとにかく地上を早く走る。まるで、「早く帰りたい」「早く帰りたい」と言っているようだ。それもお客では無く乗務員が「早く帰りたい」との気持ちが現れているような気がする。この飛行機はタイ人のパイロットの為とてもゆっくり地上を動く。やはりバス乗換えでしかも、エアポートの一番端に降ろされた。
ハーツのレンタカーを借り、11時にはトーランスマリオットホテルにチェックインする。6~7年ぶりに来たような気がするのに、ずいぶんさびれた感じがするが、日本人も多くいるようで、何となく気持ちが弛む。眠たいのを我慢して、ゴルフショップを聞き、車で出かける。
テーラーメードのXR-05というドライバーを今回なんとか手に入れよう思っていたのに、なんとそのショップには無い。変だなと思って聞くと、日本モデルでアメリカでは売っていないとにべもない。(アメリカで安く買おうと思っていたのに足元を見られたような気がする)しかたなく「運用会のゴルフ」の景品を買うことにした。
まだ時間があるので、娘(犬)のお土産をペットショップに買いに行く。今までそんな店が無かったのに、ホーソン通りに3つもある。又、一番の人気犬種は秋田犬だそうで、入口に$1000以上で秋田犬らしい犬がやはりおりました。
午後4時半からホテルで代理人と打ち合わせがあり、その後奥様も入れ、食事をする。
とにかく、眠いのを我慢するが、ホテルに戻ってすぐ眠ってしまう。1時には目が覚めてしまい、しかたなく起きて本を読みそのまま朝を迎える。チェックアウト後、朝9時にホテルのロビーで別の代理人に会い、今回契約したい会社に向かう。50マイルほどホテルと離れているので1時間半程と思っていたが、代理人の車の運転が予想以上に安全運転のため、2時間ほどかかる。チェックイン後昼食をし、目的の会社に向かう。
連絡のミスが重なって相手は朝9時から待っていたようで、何となく雰囲気が良くない。
絶対契約をしたい相手だったため、かなり自分でもイラつくのがわかる。
夕方から2人のオーナと日本市場について話し合う。5時頃に契約とサンプルを渡され、オーナからは基本的にGOとなる。7時頃から窓口の彼と夕食を共にするが、あまり食文化の無いやつらしいのに、なんと「YOSHI」という秋田犬を飼っているらしい。もっとも女性上司に頭が上がらないらしく、1人娘の自慢ばかりしており、43マイル離れたパサディナから毎日通ってきているとのことだった。
ホテルに9時頃もどり爆睡。又1時頃目が覚め、契約書を見たりしているうちに朝になる。
チェックアウト後、朝7時には朝食を済ませ、7時45分に会社へ行く。(この会社は朝8時スタートなのだそうだ)次から次へと教育と説明が人が変わりながら行われる。お昼をオーナ2人と担当2人とイタリアンレストランへ行く。その直前にタフネゴであった契約についてケリをつける。この会社に勤めて10年になるという窓口の女性役員はお土産のブローチがとても気に入ったようで、かなり本音を言ってくれる。基本的なことは彼女の判断でOKのようである。

2人のオーナは日本にいたこともあり、日本に興味津々。又、ベンチャーキャピタルも入っておらず(入れるつもりも無い)、上場の予定も無いとのことで日本にとって安心できる相手であった。又英語圏(アメリカ、ヨーロッパ)はすべてテレマーケティングで営業もサポートもしている面白い会社であった。
なかなか良いイタリアンレストランであったせいだけでなく、是非この会社とのビジネスを発展させたいと思った。
4時過ぎに初日に泊まったトーランスに戻り、別の人と会う予定であったが、電話が通じずあきらめることにする。今回は3日間で10時間程しか眠っていないのだが、それほど疲れを感じなかった。(後でどっとでました!)かなりこの種類の製品を前から探していたので、どうしてもほしかったせいだと思う。
夕食の前にバスタブにお湯を溜め、ホテルにあるディカフェにミルクをたっぷり入れて、汗をかくまで長ブロする。体力、気力とも後1日と自分に言い聞かせて頑張ることにする。
翌朝早いが9時過ぎホテルをチェックアウトし、ロス空港へ向かう。レンタカーを返して、タイ航空のカウンターについたのが9時45分。ところが、これから地獄が始まった。小さなエアラインは独自のセキュリティシステムを持っておらず、4箇所ある合同のセキュリティシステムで荷物をチェックしてこいといわれる。何と20人ぐらいしか並んでないのに2時間近くかかった。又、荷物も検査員がタイ航空のチェックインカウンターまで持っていくほどの厳しいセキュリティ。これだけやればと納得もする。
帰りも隣が空いていて楽な旅であったり、成田も荷物が一番に出てきたり、車もすぐ持って来てくれたりで、6時に成田に着いて、7時半(横浜経由)には、自宅でかわいい娘達と久しぶりの対面をしておりました。

久しぶりの3泊5日の海外出張でこの間だけは米国人になりきったつもりだったのですが日本に戻ってすぐ日本人に戻ってしまい毎日飲み歩いて午前様となりますます体力の衰えを感じました。やはり年令による体力の衰えを気力でカバーするのは、限界だなとつくづく思った出張でしたがこの契約でブロードの新しいシナリオが描けると思うと次も新しい面白い会社を探しに行ってみようと思うのでした。

以上



最新米国出張レポートⅡ(2003年10月)
2003年11月20日

少し遅くなりましたが、10/6(月)~15(水)まで米国へ出張してきました。海外担当が替わった為、海外の取引先に急遽挨拶に行くことになったのですが、相手のスケジュールと飛行機の予約がうまくいかず大変な旅となりました。
特に最初が着いた当日に2つのアポが有り、さすがに疲れました。成田を17:55に出て、サンフランシスコに午前10:30着。あわててホテルに行き、11:30軽いランチ(うどん)を取り12:30に海外の代理人とホテルで打ち合わせ13:00にはタクシーに乗り13:45に取引先に着く。開発やサポートのネゴや仕入れネゴを行う。(次回その会社のオーナー社長とゴルフをやる約束をする)ホテルに6:00頃に戻るが、そのまま部屋に入ると暴睡しそうでゴルフの靴などの買い物に出て、7:00少し前にホテルにもどる。7:00ホテルのロビーで10年来の友人(外人)2人と会い、食事をすることになっていた。
食事をともに情報交換をするが、アメリカのIT産業がかなり下降線をたどっていることがわかる。結局12:00頃まで飲んでホテルに歩いてもどり暴睡。

次の日6:00に起床し、8:00のフライトでラスベガスへ移動。荷物は前日開けてないので時間的には楽でした。12:00頃ホテルに着いて、レンタカーでラスベガスの街をドライブ。2時間もあればだいたいの道を覚えられるくらいの小さな街である。次回ユーザ同行を考え、日本食を探すがあまり期待にはそぐわない店であった。どこも日本人が少なくなっているせいか、日本人の好みより白人達の好み(お店も味も)になって来ているような気がする。珍しく、10:00過ぎにホテルへ戻るが明朝ノンビリしようと思っていたのだけれど急にゴルフをやりたくなって朝5:45のスタートを取る。なかなかのコースだったが、9:30には終わってしまう。ホテルに戻り(車で15分)シャワーを浴び、南国シーフード料理(?)を食べて、取引先へ行く。
2:00頃からデモを見せられるが、とにかく眠たい。
この会社はIBMのe-severのセキュリティソリューションをやっていて、とても今は元気な会社である。(オーナー社長と家族的付き合いをやっており、彼が日本へ来ると朝まで飲む仲である)
打ち合わせを4:30頃で終了し、ラスベガスのメインストリートを見渡せるプライベートクラブに招待するというので楽しみにして出かける。だいたい彼らは少しのつまみを楽しんでアルコールばかりガンガンやる人が多い、今回もそうで、シーバスのロックダブル(日本だとトリプル以上?)を5杯程飲んだ。眠くて眠くてしょうが無いのにオーナー社長は時間とともに目が輝いてくる。(これでは朝は駄目だろうなあと思う)こちらも明日6:00にはホテルをチェック・アウトしないといけないので12:00頃に自分で車を運転してホテルへ戻る。とにかく眠たい!!
まあ海外に出るといつもこんな感じで、眠る時間の半分は飛行機の中となる、知的というよりはまさに体力勝負である。
ラスベガスから、NYへ行き、NYで3社程回って15日夕方成田に着いたが、どの会社もIT分野の成長神話が無くなって毎日をいかに堅実に生きていくか的な話が多かった。日本もまったく同じである。

余談ですが、続く16日は大阪でのコンピュータ運用を考える会があり、しかもANAの方が話をするので、わざわざ10:00のANAに羽田から乗ったのに、エンジントラブルとなり、何回も修理し、滑走路まで行って結局戻って、別の飛行機になってしまう。それで運用会も1時間遅刻となる。(まあ海外でなくて良かったということかなと思って自分をなぐさめる)
こんなおまけまでついた出張でした。なにか時差ぼけになる前に毎日2日酔いで終わったような気がするのでした。
いつも次回は少しゆっくりしたスケジュールでと思いながらいつも同じ事をしている性格は一生変わらないようです。

おわり



ヤンキースとレッドソックスの試合を見ながら
2003年10月11日

今年アメリカンリーグの野球の決勝第3戦をNYのホテルでゆっくり見る機会に恵まれました。
つい最近なのでご存知の方も多いと思いますが、3回も殴り合いが有り、これぞ格闘技?なんてシャレる程激しい試合を見ましたが、夕方のアポを気にしながらテレビに釘付けになりました。
とにかく、命?をかけて全力で勝負に執着する姿は、日本のプロ野球には無い大迫力でした。
又、あれだけモメた試合の後ですと、日本だと両監督が握手して一件落着を図る所ですが、両市の市長まで出てきて、自分達のチームを正当化するあたり、大きなSHOWを見せている感がありました。でも、次の試合にはカラッとしており、日本で言う「遺恨試合」のような暗いイメージは有りませんでした。
別に暴力を肯定する訳では有りませんが、見ている観客を引き付ける力はさすがだと思います。日本のプロ野球はなんとなくノンプロ選手がやっているようで、近頃あまり見なくなっていたのですが、久しぶりにはまってしまいました。
いつも思っている事なのですが、アメリカのプロ野球も平坦な道を歩いてきた訳では無く別のプロリーグ(アメリカンフットボールやバスケ)に人気を奪われて随分改革を行って来たようです。
細かいことは別にして、必ず7回のラッキーイニングが始まる前には必ず「God Bless America」と「ボールパークへ連れて行って」を歌い、見ている観客特に子供たちをとても意識しているのが印象的です。(日本でも今はやっているようですが)
やはりプロスポーツの基本は見ている人々、特に子供たちに「夢と希望」を与えることだと思います。それを一生懸命考え「夢とドラマ」を見ている人に与えるようなグローバルリズムは、どんどん日本でも取り入れてもらいたいものです。

NYホテルにて

追)最終的にNYヤンキースはフロリダのマリーンズにワールドシリーズで4-2で負けてしまいましたが、私に取っては忘れがたいシリーズになりました。ヤンキースの松井も良くやったように思うのですが、最後の2試合4番に抜擢されたのですが日本人初の快挙ながら、世界の4番を松井が果たすにはもう少し時間がかかるような気がしました。是非その日を楽しみに皆さんと待ちたいと思います。



最新米国出張レポート
2003年7月22日

7月6日(日)から7月16日(水)まで米国のNY及びNJとフロリダのオランドに出張してきました。
NYでは15年前から取引のある会社を入れて4社訪問しオランドでは現在唯一といわれているセキュリティのユーザ発表会に参加してきました。

短い期間ですが1年4ヶ月ぶりの渡米での感想とIT産業の動きなどをメモしてみました。
(特にオランドでは、1000名近いセキュリティ関係の人が集まって来て1週間様々なテーマでユーザ主導でセミナーがあるのだけれどそれに先立ち、我々日本人の為(約10名)に特別にユーザ(Bank of American 他3社)のセキュリティ責任者とのミーティングをを持つことがでた。基本的に口頭による話し合いで有ったが、夕食をはさんで5時間程個別に行った。来年の2004年は6月13日~17日にネバダ州のリノで開催されます是非皆さんもご参加ください。)

米国のIT市場も大きく変化してきているようで
2001年からダウンサイジングという言葉がなくなったようで、IBMのOS/390ユーザの70%がZ/OSに乗り換えたようである。大きなポイントは今までのクライアントサーバーやダウンサイジングではセキュリティ上の大きな問題を抱えていることと開発及び運用上のコスト削減を真剣に考えるようになってきたことによるようである。又、今までのアメリカ市場は色々なベンダーが様々な製品を出していて、それをユーザが自由にチョイスして使っていた感が有った。(一見、競合製品なども使うことが多かった。)
所が最近ではIT部門は予算の縮小と人員削減が強く求められてきておりCAなどの製品のリプレースや運用の統合により大幅なコスト削減努力を行っているようである。
(IT部門の人々の労働時間はとても長くなって来ているとのことであった)
新たな動きとして開発・運用に並ぶ1つの部門としてセキュリティ部門が位置付けられてきているとのことであった。(本人たちだから当然)

とはいっても、人員増は出来ないのでZ/OSを中心とした、VangauadのSecurity Solution(11種類)を活用しているとのことで有った。特にこれからセキュリティの自動運用(現行犯逮捕)に努力しているようで有った。
又、IBMのZ/OSユーザのCPUが日本に比較して1桁多いようで(数万MIPS)集中方式がかなり主流となっている様である。これはヨーロッパのユーザにも言える様である。確か、SUNやHPの大型機とIBMの新CPU(Z/OS)はほとんど価格差がないとのことであった。(話によると日本は為替レートを@240/$に換算しているため?高いらしいとのことで有るが?)
確かに回線速度がどんどん上がっている中で(あと2年で50~100倍になるといわれている)中継サーバーやエリア別サーバーは必要性がなくなって行く事は確かだし、セキュリティや運用を考えれば集中すればする程早く、安く、安全になる訳である。

ITの話はこれくらいにして NYに1年半ぶりに行きましたが、ここ4~5年のマンハッタンの変貌(安全・清潔)に変化の兆しが現れているような気がしています。元へ戻ることは無いにしてもだんだん表と裏がはっきり浮かび上がって来る気がします。
又、日本人がとても減っているようで、いつも日本人相手に朝7:00から和朝食をやっていた店も朝はオープンしなくなりましたし、日本食と言っても現地の国の人々(アメリカ人)が喜ぶお店で無いとなかなか難しいようです。
又、フロリダでは、メードレベルの女性達(3人)から、「どの国からきてる?」「どんな言葉を話すの?」なんて聞かれて、とても驚いてしまいました。残念ですがアメリカへ行く日本人は本当に減っているような気がします。

以上

copyright © BROAD Corp. All Rights Reserved.