2015.12.22
純文学
最近「柴田元幸」のMONKEYという雑誌と彼の翻訳した本に随分嵌ってます。
きっかけは、村上春樹の本に「柴田元幸」のMONKEYの事が書いて有ったので、とても興味を持ち雑誌や本を買い占めました。
MONKEY創刊号はネットで探したら京都の書店にあるのがわかり、わざわざ買いに行き、MONKEYは全巻全て揃えました。(とは言っても6刊です)
MONKEYの前書きは柴田元幸氏の万年筆の自筆なのが何とも言えないぐらい味わい深くしているのです。
第5刊に、
アメリカ文字が自分が<いま、ここ>にいることに苛立ち、憤りがちであるのに対し、ブリティッシュ=アイリッシュ文学は<いま、ここ>と折り合おう、歩み寄ろうとする傾向がある。人生の限界を拒むか、受け入れるか違いといってもいいかもしれません。
姫野はこんな文章に痺れるのです。
「柴田元幸」は東大の文学部教授で最近退官なさったらしいのですが、姫野の日本の近代小説嫌い(私小説中心の日本文学の流れに魅力を感じる事はなかったのです)を見事切り捨ててくれました。
又、アメリカのヘミングウェイの短編集は見事な訳としか言い様がなく嵌ったのです。
「脚の認知病」になったせいも有り、30分ほど腰湯をしているのですが、その間集中して読書をしているのです。
もう1人東大の文学部を卒業した「佐渡島庸平」も最近面白くてたまりません。
発想が面白く、新しい文字文化の担い手と思えてなりません。
姫野は漫画やゲームはあまり好きでは有りませんが、現状から脱出した先に、新しい文字文化が創造されていくような気がします。
話は変わりますが、ブロードでは月曜日朝8時半から全体会議をやっていて、その後に必ず2名が好きな本を読んで本から自分が何を感じたか、学んだかを発表する事になっているのです。
あらすじではなく自分にとって何が良し悪しかを問うのです。
ジャンルも問わず、レシートがあれば会社負担としているのですが、もう20年以上続いてます。
姫野としては、社員が文字文化に親しんで豊かな人生を送ってもらう事が大きな目的なのですが、なかなか理解できなくて本のあらすじを述べる人が多くて残念に思ってます。
もちろん純文学はありません。
又、NHK BSでは世界の各国の放送局のニュースをやっていて、日本人との見方の違いなどが良く分かって面白いと思うのですが、社員で見ている人は殆どいないのも大変残念に思ってます。
(近頃のBS1,2,3のチャンネルはなかなか見応えが有り、楽しませてもらってます。)
これからは日本の純文学を楽しみながら豊かな時間を過ごしたいと思います。
追)破傷風-というと、もう日本には無いと思っていたのですが、先日の上総の大洪水で有名になった。
決壊した鬼怒川のテレビ中継をご覧になった方々も多いと思いますが、自衛隊の勇敢な救出劇を見せられて本当にびっくりしました。
特に最後まで電柱に取り残された男性が救助されるシーンはそう簡単に忘れられそうにも有りません。
テレビでその隊員の話を聞くチャンスがあったのですが、男性を助ける前に水位と流速を測る為に水に浸かり、その後電線にかからないように反対側に回り、慎重に救出したのだそうです。
たまたま姫野の友人に、自宅が水没したのでお見舞いに行ってこの話をしていて、あの方はどうなさっているのかと聞いたら、一ヶ月ほどで破傷風で亡くなったらしいといわれ、言葉を失いました。